連載小説 魂の織りなす旅路#53/目覚め⑵
【目覚め⑵】
《目を開けて》
ほどなく脳裏に柔らかな声が沁み渡った。僕は両腕を緩めると、その隙間から怖々と周囲をうかがう。足はもう宙には浮いていない。直径50センチほどの丸みを帯びた光が赤土の上に鎮座し、僕の目の前で大きくなったり小さくなったりしながらホワンホワンと光っている。これはさっき遥か彼方に見えた光だろうか。どうやら僕は瞬間移動したらしい。
《触れてごらん》
《触れてごらん》
《その光に触ってごらん》
クスクスと笑う複数の意識が僕の脳裏をくすぐってくる。宙に浮いたり瞬間移動したりと、理解不能な状況になかば放心状態の僕は、呆然と誘われるがまま、まるで呼吸しているかのように大きくなったり小さくなったりするその光にそっと手を伸ばした。
とたんに周囲の赤土がさまざまな濃淡の緑に色を変えた。唐突な色彩の変化に目眩を覚えた僕は、近くにあった樹木に寄りかかる。今度は何が起きたというのだろう。落ち着け落ち着け。自らに言い聞かせながら深呼吸をする。しばらくすると激しく連打していた心臓の鼓動に代わり、水の流れる音が聞こえてきた。
周囲を見回すと、そこにはもう赤土も葉のまばらな低木もなかった。僕は生い茂る緑に囲まれている。眼前には川が流れ、空に漂う雲はピンク色に輝き、その向こう側には淡い水色の空が広がっている。なんだろう? この既視感は。
《僕は夕陽になる》
《僕は風になる》
柔らかな風が僕を優しく抱擁した。脳裏に懐かしい記憶がよみがえる。僕は僕の小さな手のひらを見つめた。そうだ。僕は自転車に乗ってこの川辺まで来たのだ。あのとき僕は、僕を解き放ち、夕陽になり、風になった。そうして、あの不毛の地に僕は生まれたのだ。
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