連載小説 魂の織りなす旅路#34/書道教室⑸
【書道教室⑸】
興信所が調べてきた内容に、悠(はる)さんは言葉を失った。悠さんの祖父は、金銭を盗むため人家に押し入り、その一家を殺害するというむごたらしい事件の首謀者だったのだ。
祖父は死刑となり、祖母は自ら命を絶っていた。悠さんの大伯父が離婚しているのは、この事件が原因なのかもしれない。殺人犯の兄という素性が知られるたびに、もしくは知られる前に住まいを転々としていたのだろう。定職には、就かなかったというより就けなかったのかもしれない。
事件当時、悠さんの父親は15歳。オーストラリアに来たのは23歳ごろのことだったらしい。どういう経緯でオーストラリアへ来ることになったのか、悠さんの母親は知っているようだが、父親同様に口を閉ざしたままだという。
「でもね、父は僕の名を呼ぶたびに、日本を思い出していたんだ。祖母の名が悠江(はるえ)だと知ったときは心底驚いたよ。
殺人犯の妻、しかも自ら命を絶った人の一字が僕の名前だなんて、さすがに最初は複雑な気持ちになったけれど、僕は今、この名に向き合い、耳を傾け、この名と語らいながら、この名ととともに生きている。」
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