連載小説 魂の織りなす旅路#28/手紙⑴
【手紙⑴】
あのときはどうもありがとう。君のおかげで動揺した僕は落ち着くことができた。帰国しなければ後悔していたに違いない。父はあれから2ヶ月頑張ったよ。短い期間ではあったけれど、僕は僕なりにできる限りのことを父にしてやれたと思う。
父は僕の帰国をとても喜んでくれた。悪いなと言いながら、嬉しさを隠し切れないんだ。母は大丈夫なのにと言いながら、何につけても僕を頼ってくれた。
父の死は穏やかなものだった。思うように体が動かなくなっても、車椅子に乗って川辺の橋で釣りをする父は、いつも朗らかで温かかった。僕は今、父の瞳の向こう側にあった景色に想いを馳せながら、優しさを伴った悲しみを慈しんでいる。
一時帰国のつもりでいたけれど、会社を辞めてこちらに残ることにしたよ。母は日本に戻れと言うけれど、70過ぎの母を1人残して日本に帰れば、僕は絶対に後悔するからね。それにこの国で再就職先を見つけるなら、30代のうちがいいんだ。40代になると見つけにくくなる。
書道は続けていくよ。こちらで先生を見つけるのは難しいだろうけれど、必ず続けていく。今でも、毎日墨を磨るんだ。墨の香り、磨る音、僕はあの静寂が大好きだ。
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