第31話『太公望が見たもの』
自分でわかっていても避けられないことをどうするのかというのは、時折大きな問題として人に語られることがあります。
太公望呂尚は非常に長生きをしましたが、老いていくことや生きながらえること自体には、全く頓着しなかったと言われています。
それは、呂尚が若い頃に一度、自らの生涯を全て経験しており、これから起こる全てを既に知っていたからだと言われています。
自分でわかっていても、何ひとつ変わることがなく、悪いことは悪いこととしてそのまま起こり、それをなんとかしようとすること自体も、先に見てしまっていたので、やがては全てを達観することができたと、それ自体も見て知っていたということでした。
それ故に人生とは空虚でなる様にしかならないかといえば、全くそういうことではなく、なにかしらどこかに落ち着くことについては、とても大きな意味があると呂尚は説いています。