『辞書に立項されている、どうしようもなくごちゃごちゃしていて、どうにもならないうえに、とてもうるさい音を出すだけのものを表す全ての語彙についてのまとめ』作、演出の前口上
上演前に前説もなにもしない劇団なので、スタッフ、キャストの名前や今後の予定を書いた紙に、作演出の前口上を付けている。
明日からの公演の前口上を、先にここに出しておくという、新たな試み。演劇を見ない皆さんもどうぞ。
前口上
消息の知れない友人について考えることがあります。
彼女はおそらくもうこの世には居ないのだろうと、なぜなら最後のやりとりは彼女がガン治療で入院している最中のスマートフォンでのチャットだからです。
荷物は病院でも受け取ってくれると聞いて、岩波文庫の『オー・ヘンリー短編集』に売店でオヤツでも買えとQuoカードを挟んで送ったところ、「これでビスコ発酵バターが毎日食えるぞ!」というメッセージが飛んできました。
トピックを上げるだけなら、彼女との関わりは結構突飛な感じで、インターネットの文学系のサイトで知り合った数年後、初めて会ったのは拘置所でした。
行きがかりで警察でなく厚生省に捕まってしまい、そのまま拘置所に放り込まれて裁判を待っている時に、面会に行ったものです。
薬物検査は全くのシロだったものの、諸々で執行猶予付きの判決となり、弁護士は戦いましょうと言うものの、裁判を続けるお金も時間も無いということで刑を受け入れ、その代わり就職に際してなにかあれば、弁護士から一筆もらうというのはどうかと、そんな形で戦わないことを決めて、それからずっと幾つかの会社で総務や経理系の仕事をしていました。
とある会社で彼女が働いていた時、ちょうどその業界を取材していたので、バイトに潜り込ませてもらったことがあります。
その会社は小さな同族企業だったんですが、貿易事務の担当者が、唐突に逃げる様に辞めた後、いろいろと調べてみたら、後継ぎ息子の専務が、どうやらあまりよろしくない事に手を染めていて、貿易事務の担当者はそれに気づいて逃げたのだとわかり、彼女も転職活動を始めました。
やめた人のパソコンの初期化を頼まれた時に、なんとなく見つけたフォルダの中に退避してあったファイルを見て彼女を呼んで見てもらったところ、その会社の経理を見ていた彼女がピンときたのが専務の悪事露見の瞬間でした。
「これは、証拠になるね」
と言った、彼女の声が、楽しげに踊っていたのは今も忘れません。
「最初が拘置所だと、このぐらいはたいしたことないな」
とりあえず仕事が終わった後、厄落としをしようと居酒屋に行った時も、そう言って大笑いしたものです。
たいしたことはなかった。私が小脳梗塞で入院した時も、その前の冬に彼女も脳梗塞で入院しており、こちらの病院のリハビリが手厚いので、東京はもうとにかくヨタヨタでも娑婆に出されてやばかったと言っていた矢先、前回の検査では影も形も無かったガンが発見され、新型コロナの影響で手術の目処が立たないまま時間がたち、あちらこちらに転移が発見され、ついに余命宣告を受けたよと聞かされることになりました。
私の父がガンで亡くなった時は、痛みはどうしていたのかと聞かれたので、父は痛みが和らいだところで、頭がぼんやりするのが嫌で、痛い痛いとブツブツ言いながら、とにかくわからん様になるのは勘弁しろと譲らなかったと伝えると、「父ちゃんこっち側だと思ってた。仲間発見したけど、すごく痛くてずっと半べそだ。」とそんなやりとりが最後でした。
書いてしまうとほんのこれだけの文字数でまとまってしまうのが、嫌でしょうがない。書ける自分にも耐えられない。経験して、記憶の中にあるもの、なにを覚えていて、なにを忘れてしまうのか。
重要だったこと、重要ではなかったこと。全て等しく現実に起こったできごとなはずなので、なんとかならないのか。
どうなったら、なんとかなったことになるかも、なにもイメージはないのに、そんな言葉だけが思い浮かびます。
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