第7話『何事もない難所』
高い山に挟まれた、とても狭い土地を武士が小者と連れ立って歩いていました。
武士は、舅との間に何かとてもやっかいな争いごとを抱えており、その憂さから逃れるために、上役が持て余していた仕事を買って出たのでした。
伴の小者は、幼い頃から家に出入りしている近所の百姓の爺です。
この先の山を幾つか抜ければ、これまでは大きく回り道をしているものが、楽に通れる様になるのですが、途中には必ず怪異があり、誰も通う者がありません。
いろいろ人に聞いたり覚え書きを改めてみても、どれも全く違う様子。何が起こるのか全く定まらないので、武士はせめて確かな報告だけでも残そうと考えていました。
剣の心得はあり、腕に覚えもあります。連れ立っている小者の爺も、今ではすっかり年老いていますが、武士が子供の頃には五人力の豪の者と言われていましたので、狐狸や妖怪の類であれば、捕らえて懲らしめるか、切って捨ててしまえば良かろうとも考えていました。
日も暮れかけて、武士は爺と薪を集め、焚火をします。携えてきた握り飯を食べようとして、ふと、昨日もこの場所で握り飯を食べたのではないかと気付きました。爺にもそのことを言おうかと考えましたが、詮ないことと黙って握り飯を食べ、横になりました。
何事もなく朝を迎えて少し進むと、武士は焚火の跡を見つけました。そして全て食べたはずの握り飯が、まだ丸ごと残っていることに気付きました。
ようやく昨晩のことを爺に伝えると、爺にも思い当たる節があった様で、こんな時はと、どっかり腰をおろして、煙管に刻みを詰めて一服つけます。
武士もそれに倣い、二人で半刻ほど過ごしましたが、何も起こる気配がありません。
爺は進めばまた何ぞあるだろうと、のんきなことを言いますが、よくよく見てみれば、今吸ったばかりの刻みにも手を付けた様子が見られません。武士は穴をほって握り飯と刻みを埋め、里に戻ってみることにしました。
戻ってみれば、ひと月がとっくに経っており、二人を探しに出た者達も、礫で怪我をするやら鉄砲水に流されるやら、散々な目に遭っていたとのこと。顔を会わせても口もきかないほどだった舅までが、涙ながらに二人を迎えました。
あるいは、山越えは二日ほどの道のりの筈、一息に不眠不休で過ぎれば良いのではないかと爺は言いましたが、切って捨てれば良いと考えていたら現れもしなかったものの相手はできまいと、武士は取り合いません。
とはいえ、なにもわからず仕舞いのこと、お咎めを覚悟して報告にあがった武士ですが、これは周知の持て余し事。山で埋めた刻みよりも、格段に上等のものを上役からせしめ、爺と二人で分け合ったということです。