スポーツ格差(inequality in sport)
スポーツ社会学はスポーツを社会学的な視点で分析・考察する学問です。
「格差」について大きな関心がある社会学。スポーツ社会学は「スポーツ×格差」の現象やそのメカニズムの解明に挑戦してきました。
そんな「スポーツ格差」の現状分析、メカニズムの解明や格差是正策の考案を私たちスポーツ社会学ゼミでは挑戦しています。
スポーツについて関心のある私たち、将来スポーツに携わりたいと思っている私たち、子どもたちにスポーツの素晴らしさを教えたいと思っている私たちはスポーツ格差について知っておく必要があります。そして、スポーツ格差の「下」にいる子どもたちや人々に私たちは何ができるのか考えていきましょう。
以下、教育社会学を中心とする社会科学の知見に学びながらスポーツ格差に関して私の研究成果の一部を書きたいと思います。
私は松岡亮二『教育格差-階層・地域・学歴』に倣いながら、スポーツ格差を「出身家庭や出身地域、性別、人種といった子どもにはどうしようもない初期条件である「生まれ」によって、スポーツ達成が異なること」と定義しています。スポーツ達成には体力やスポーツ能力(技能)などがあるでしょう。そして、それらは一部の将来の職業・収入・健康などに影響を与えると思われます。
スポーツ格差には「みんなが同じ結果になればいい」という意味はありません。つまり、スポーツの結果に差があることが問題ということではなく、「生まれ」によってスポーツ達成・結果に差が生じることを問題にしているのです。
なぜなら、近代以降の社会は建前上、メリトクラシーの社会を推進してきました。メリトクラシーとは努力と能力(メリット)によって職業や社会的地位が配分される社会原理のことを指します。つまり、士農工商のように「生まれ」によって人々の結果が決まってしまうのは不当だから、全ての人々に上昇移動の機会を与えて個人の努力と能力(メリット)によって社会の配分を決定しようということです。
このメリトクラシーはスポーツの分野においても「生まれ」による格差を減少し、全ての人々にスポーツをする機会を与えることに貢献しました。例えば、貴族階級の遊びだったテニスは今や多くの人々が実践しています。ですから、貴族といった最上層階級の人々でなくても高いテニスの技能を獲得し、テニス選手になる可能性は開かれています。
しかし、この可能性は「生まれ」によって大きな差があることが分かっています。スポーツ選手になってお金を稼ぐためには、高いスポーツ技能や体力を含む身体能力が必要ですが、これらの身体能力は子どもにはどうしようもない「生まれ」によって大きく左右されます。これがスポーツ格差です。
それではスポーツ格差の一つである「体力格差」を考察してみましょう。
先日、筑波大学の清水紀宏教授らによって「体力・スポーツ格差」の実態が明らかにされました。(清水, 2020)
清水先生らは「世帯収入が多く、学校外スポーツに多く投資をしている家庭の子どもほど、体力・運動能力が高かった。」と述べています。
日本の場合においても社会経済的地位(Socioeconomic status:SES)が高い層ほど体力・運動能力が高いことを示しています。つまり、子どもにはどうしようもない親のSESによってスポーツ達成(体力)に差があるスポーツ格差の存在が明らかになりました。
上記の研究はスポーツ達成を「体力」に絞ってスポーツ格差の実態を明らかにしましたが、テニス技能といった特定のスポーツの能力をスポーツ達成の対象としても同じことが言えるでしょう。つまり、SES等の「生まれ」が恵まれている子どもたちはスポーツ技能や体力といった身体能力が相対的に優れている可能性が高いと考えられます。
それでは、なぜそのようなスポーツ格差が生じるのでしょうか。そのメカニズムを考えてみましょう。
スポーツ格差が生じる原因の一つがスポーツの機会が平等に分配されていない「スポーツの機会格差」です。
つまり、「生まれ」→「スポーツの機会格差」→「スポーツ達成格差」=スポーツ格差のメカニズムが想定されます。
どのような子どもがスポーツをする機会を得ていて、どのような子どもがスポーツをする機会から剥奪されているのでしょうか。笹川スポーツ財団「4~9歳のスポーツライフに関する調査2015」によると600万円を境にして習い事をしている割合に20ポイント以上の差があることがわかります。裕福な子ども(高SESの子ども)の方がスポーツの機会を提供されていると言えるでしょう。
表1【世帯年収別の習い事の実施状況】
世帯年収 習い事している 習い事していない
600万円未満 60.5 39.5
600万円以上 81.6 18.4
次に両親学歴によるスポーツの機会格差の現状をみてみましょう。笹川スポーツ財団「スポーツライフ・データ2012」は両親学歴と子のクラブ所属パターンを示しています。非所属割合を比較すると、両親ともに大卒以上の小学生(31.9%)と両親ともに高卒以下の小学生(50.3%)ではおよそ20ポイントの開きがあります。
表2【両親学歴と子のクラブ所属パターン】
両親学歴 民間+地域 民間 地域 所属なし
高―高 9.6 36.0 22.5 31.9
低―高 6.3 27.0 25.2 41.5
高―低 8.1 32.5 22.0 37.4
低―低 4.7 17.6 27.4 50.3
※高:大卒以上, 低:高卒以下
年収と両親学歴によって運動・スポーツ系の習い事やクラブの所属率が異なります。親の社会経済的地位によって子どものスポーツ機会は不平等に分配されてることが分かりました。
次に、地域によるスポーツ機会の格差を見てみましょう。笹川スポーツ財団「4~9歳のスポーツライフに関する調査2013」によると居住地域によるスポーツ実施の格差が確認されます。地域ブロックでは北海道や東北において実施率が低く、関東で高い傾向があります。その差は30ポイント近くです。都市規模では規模が大きくなるにつれて実施率が上昇していることがわかります。東京都区部と町村の差はおよそ15ポイントです。
表3【運動・スポーツ系の習い事実施状況と居住地域(地域ブロック, 都市規模)】
実施 非実施
(地域ブロック) 北海道 33.9 66.1
東北 32.3 67.7
関東 61.9 38.1
中部 50.4 49.6
近畿 54.6 45.4
中国 55.6 44.4
四国 36.6 63.4
九州 46.0 54.0
実施 非実施
(都市規模) 東京都区部 62.3 37.7
20大都市 57.3 42.7
人口10万人以上の市 51.1 48.9
人口10万人未満の市 46.5 53.5
町村 47.1 52.9
親の年収、学歴や居住地域といった子ども本人にはどうしようもない「生まれ」によってスポーツ機会の格差があることが見て取れます。子ども本人のスポーツへの関与は、社会的に規定されていることがわかるでしょう。
この他にも子どもにはどうしようもない初期条件によるスポーツ格差のメカニズムの一つに「生まれ月」があります。プロ野球選手やJリーガーのようなスポーツ選手には4月生まれが多く、早生まれが少ないことが多くの研究で分かっています。
更に、人種によるスポーツ格差もあるでしょう。夏季オリンピックでは黒人の選手が多く活躍しているのに、冬季オリンピックでは黒人の選手はあまりいません。夏季オリンピックに実施される陸上競技やバスケットボールといったスポーツはそのスポーツをする機会を得るのにあまりお金は必要ありません。しかし、冬季オリンピックのスポーツ種目はかなりお金のかかるスポーツであるので、そもそもそのスポーツに参加する機会が黒人の子どもには与えられていません。そのようなお金のかかるスポーツができる地域に黒人の子どもたちが住んでいないということも考えられます。
以上、子どもにはどうしようもない初期条件である「生まれ」によってスポーツ達成に明らかな差があることが分かりました。そして、このスポーツ達成の格差は一部の職業・収入・健康の格差の基盤になります。
このようなスポーツ格差は妥当でしょうか。もし、妥当ではないならどのようにそれを解決できるでしょうか。
実は、私たちスポーツ社会学ゼミの指導教官である中澤篤史先生が研究する「部活動」に大きなカギがありそうです。
それでは、また。
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