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『漁港の肉子ちゃん』の「あとがき」を読んで、西加奈子先生が小説を書く理由に恐れ入った話
かきあつめの今回のテーマは「肉」。ということで、小さな町の焼肉屋を舞台に描かれる小説『漁港の肉子ちゃん』を紹介したい。
西加奈子著『漁港の肉子ちゃん』
男にだまされた母・肉子ちゃんと一緒に、流れ着いた北の町。肉子ちゃんは漁港の焼肉屋で働いている。太っていて不細工で、明るい―キクりんは、そんなお母さんが最近少し恥ずかしい。ちゃんとした大人なんて一人もいない。それでもみんな生きている。港町に生きる肉子ちゃん母娘と人々の息づかいを活き活きと描き、そっと勇気をくれる傑作。
人気テレビ番組「アメトーーク!」の読書大好き芸人で又吉直樹さんが紹介して、注目を浴びたこの小説。
肉子ちゃんと小学5年生のキクりんとのテンポの良い掛け合いで進む。舞台は北にある小さな漁村の話で、焼肉屋に来店する人の話や、女の子ならではの人間関係に苦しむキクりんの話など、ほんわか味わい深い。
温かい気持ちで読み終えて、「文庫版あとがき」を読んで仰天した。漁村にある焼肉店というのは、東日本大震災で津波の被害に遭った宮城県女川町に実在したというのだ。
そもそもこの物語は、西先生と幻冬舎の編集者さんが東北を旅する中で生まれたのだそう。
女川の漁港に立ち寄ったとき、小さな焼肉屋を発見しました。…そして帰り道、その焼肉屋が頭から離れず、あの店で、すごく太っていて、とても明るい女の人が働いていたら楽しいな、なんて、ずっと想像していました。(あとがきより)
『漁港の肉子ちゃん』の連載中に、東日本大震災が起こる。西先生は、連載を続けるべきかどうか迷った。しかし、宮城県出身の編集者さんの助言もあり、連載を続けることに。
そして、この「あとがき」が入った単行本が発売になった後、読者から手紙が寄せられたのだそう。
モデルにさせてもらった焼肉屋さんに肉子ちゃんそっくりのおかみさんがいたことが書かれていました。底抜けに明るくて、地域の皆の太陽のようだったその方が震災で亡くなったことも。(文庫本のあとがきより)
奇跡のようなはなしである。西先生は手紙を頂いた読者の方に会いに行った。津波で流されてしまった焼肉店や地域の温かい人々に元気をもらい、そこから小説を書く意味を見出した。
「言葉にすると絶対におこがましいが」と前置きした上で次のように記す。
私にとって、小説を書くということは、世界中にいる「肉子ちゃん」を書くということです。
私たちは、いつか無くなります。この世界から、消えてゆきます。
でも、私たちの思いや、私たちが確かに「ここにいた」瞬間を残すことはきっとできるのではないか。私の中でキラキラした女川町が消えないように、「肉子ちゃん」がいたあの瞬間は絶対に消えません。「その瞬間」を積み重ね、残すことが、小説を書くことなのではないだろうか、私はそう思います。
私は日頃、編集者として雑誌を作っているのだが、「これは何のために書いているのか」という目的を見失わないように意識している。
しかし、小説と言うのは「人を楽しませるため」「勇気づけるため」といった純粋なエンタメ要素のみなのではないか、と考えていた。
だからこそ、この西加奈子先生の「あとがき」は心に響いた。
私は女川町に行ったことはないし、どんなところかは正確にわからない。しかし、小説を読む中で追体験することができた。西先生は、小説を通じてキラキラした女川町を伝えてくれたのだ。
瞬間を切り取り、後世に伝える。小説に与えられた役割を思い知らされた。この「あとがき」を読んで、本編が何十倍にも貴重なものに感じられた。
また、読み返したくなる一冊である。
編集:アカ ヨシロウ
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