老舗の味
彼女と二人で近所を散歩していると、何やら古めかしい建物が目に入った。
「こんな店あったのか」
「創業120年だって。すごいね」
店頭に掲げられた、時代がかった木製の看板に筆文字で書かれているのは、いかにも昔からやってます、という雰囲気の店名。
老舗の煎餅屋さんらしい。
辺りに煎餅の焼ける香ばしい匂いが漂っている。
「ちょっと見ていこうよ」
彼女に引っ張られて店内に入ると、建物の外観と打って変わって、中はわりとモダンな内装だ。
「へぇ……」
「いい雰囲気だね」
老舗らしい伝統の重みと、煎餅という商品の気軽さがいい塩梅に混ざりあい、嫌味がない。
じゃあ商品のほうはどうだ、と目を向けると、そこに並ぶのはいかにもオールドスタイル、という感じの煎餅たち。わざわざ年季の入った風なガラス瓶に入れられているあたりが小憎らしい。
「懐かしい感じだね」
「そうだね」
「昔から変わりません、って感じ」
「うん。まあでも創業当時から何も変わってない、ってことはないと思うけどね」
「そうかなぁ」
「120年だよ? それだけ長い間生き残るにはさ、逆にちゃんと時代に合わせて変えるところは変えていかないと、生き残れないんじゃないかな」
「そういうもの?」
「昔の人と今の人じゃ味の好みも違うだろうし、伝統だからってずっと過去のスタイルを守り続けてたら生き残れないって。それに人が受け継いで行くんだから、代替わりで少しずつ味とかも変わっていってるでしょ」
「それはそうなのかもしれないけど……」
彼女は不満げな表情で頬を膨らませている。彼女としては、老舗というものはずっと初代の味を受け継ぎ、守り抜いてほしいらしい。
「長く続くブランドって、だいたいそういうものだと思うけど」
「そうかなぁ……」
そんな事を二人で話していると、
「いえいえ、そんな事はございませんよ」
横からそんな声がかかった。
「……?」
「ああ、失礼いたしました。よければこちら、お試しください」
そう言いながら、笑顔で煎餅とお茶の乗った盆を差し出してくるのは、この店の店員さんだ。
「あ、ああ。どうも」
「うちは創業してから120年、ずっと変わらぬお味でお煎餅を提供させていただいております」
「そうなんですか」
「ええ。この煎餅は120年前と何一つ変わるところはございません」
「何一つ?」
「ええ。間違いなく」
「でも、さすがに何代も継承してたら味も変わったりするのでは?」
「いいえ、そんなことはあり得ないのでございます」
店員は柔らかい笑顔でそう言い切った。
「なにせ、うちの商品の味を管理しているのは、創業者が作りました人工知能でして。120年間、一切のプログラムの変更を加えておりませんので」
「……なるほど」
アンドロイドの店員が勧めてくれたその煎餅は、確かに今風の味ではなく、どこか古臭い、でもどこか優しい味がした。