24-場を転じる力(その1 「気分」)
どんな領域のファシリテーターでも求められる最低条件的な必須スキルとして「場をみる力」「場を見える化する力」「場を転じる力」がある。
今まで「場をみる力」(FA17-20)、「場を見える化する力」(FA21-23)と述べてきたが、今回はファシリテーターにとって、最も重要な「場を転じる力」について言及していきたい。
「場をみる力」「場を見える化する力」は、ファシリテーションについて書かれた他の本でも言葉を変えながら語られてきているが、「場を転じる力」については自身の経験則であったり独自の考えをベースに語っているため、かなり未分化であるがチャレンジしてみたい。
・「転じる力」はファシリテーターにとって最重要であり最難関
そもそも「転じる力」って何?ということであるが、一言でいうなら「場の参加者全員で次のフェーズへ行く」ということだ。幾度となくワークショップをグループ登山のようにたとえ、ファシリテーターの役割は「段階ごとに参加者の状況をみて、確認し、ルートを示し(時に変更し)、歩調を合わせて進んでいくこと」と伝えてきたように、段階を変えていく仕掛けやゴールに向かって歩みを進めていく促しは自覚的に操れなければならない。
これもなんども伝えてきているが、ファシリテーターがプランナーやプレイヤーと違う点は、背中を見せてついてきてもらうことでもなく、最適解や最短ルートを示して向かっていくことでもなく、多少右往左往しながらも全員の「実感」をベースに「納得」を紡ぎながら「徐々にゴールや目的が明確化し、そこに向かっていく」ということだからだ。
ただ、ファシリテーターが「場全体をゴールに向けて転じていく」という(責任感)意識がなければ、かなりの確率で「話し合いはあれど、言葉は多少違うが、同じような話題をぐるぐるしている」ということになる。全員が言葉で「納得したので次に行こう」とはっきり言うことは数ない。場への促しはファシリテーターの役割であり責任である。
そのため、ファシリテーターは、場の状況理解とともに「場がどこに向かうことがいいのか、今はどのあたりまで進んでいるのか、これからの進め方や進む方向のバリエーションはどれくらいあるか」といった見立てに加え、「参加者はどれくらい現状を理解しているか、どう思っているのか」といったことにも気を配りつつ、次へ転じる仕掛けを想定する必要がある。
・転じることが求められる5つのフェーズ
では「ファシリテーターは何を転じさせるのか?」と言うことに着目していきたい。「ゴールに向かって歩みを次に進める」と言ってはきたが、「転じる」ことはワークショップの細部で求められるため、その部分を語りたい。大きく言えば「①気分 ②在り様 ③思考 ④アイデア ⑤次の一歩」の5つに分かれると考えている。
・気分を転じるとは?
ワークショップは程度の差こそあれ、普段とは違う時間を作ることが求められるし、限られた時間の中でプログラムの流れに応じた雰囲気をどう作っていくかといったことに気を配る。導入ではワークショップの目的に応じた気分をつくり参加者の足並みを揃え、中盤にかけてはプログラムに応じて真剣味を増すのか、明るく発散状態にしていくのか、終盤には少し振り返ったり立ち止まったりする落ち着いた雰囲気にするのか思わず一日の感想が漏れてくるような余韻を大切にするかなど、動的な流れの中で、どのような仕掛け方を施して、ゴールに向かいながら、それにふさわしい気分を転じていくか、というのはファシリテーターの腕の見せ所だ。そしてもっと言えば、気分の転じ方さえも、様々な手法が存在する。
・アイスブレイクで気分を転じる
アイスブレイクはワークショップの冒頭で用いられるアクティビティの1つである。どのファシリテーターも自分の得意なアイスブレイクは持っていると思うが、単なる「盛り上げ」や「ワクワクを刺激する」といった理解で留めておくことは本質を見失う。アイスブレイクは「初対面同士が心が緊張と不安で凍りついている状態を壊す」という意味合いが語源であることから、決して間違いないが、「場が何を目的としており、これからの場にふさわしい気分へといかに転じるか」という方が正しい理解である。
その考えを最も端的に体系的に述べているのは、日本初の会議ファシリテーション専門家である青木将幸さん(通称:マーキー)だ。
青木将幸さん(通称:マーキー)
青木将幸(通称:マーキー)は「2003年、日本初の会議ファシリテーション専門事務所を設立」した会議(話し合い)専門のファシリテーターであり、20年近く前にファシリテーションそのものを本業として確立した数少ない先駆者の一人。
彼の著作『アイスブレイク・ベスト50』(ほんの森出版)を読むとアイスブレイクを広義に捉えつつ、体系的に整理されている。
目次からキーワードを抜粋すると「自己紹介」「グループ分けで自然に」「眠気を覚まし、集中力を高め、リフレッシュ! 」「チームワークを高める」「相互理解を深める」「授業や作業に“視点"を提供する」とある。
この本は”会議”というフィールドで使っているアイスブレイクというよりも学校の学級運営を意識して書かれており、比較的”明るい”アイスブレイクが多い"が、この目次からもマーキーはアイスブレイクを適材適所に応じて使い分け、場と自身をチューニングしていることがうかがえる。
そう理解すると、アイスブレイクはワークショップ冒頭のミニゲームという解釈ではなく、「今日の目的・場にふさわしい気分をいかに作り出すか」という目的のための「気分を転じる」手段の1つに過ぎないことがわかる。
・環境で気分を転じる
もちろんアイスブレイクのみならず、「10-コミュニケーションのデザイン(環境編-会場ver)」で書いたように目的に沿った机の配置や、音楽やお菓子・飲み物といった環境デザインも”気分を転じる”工夫である。さらに日差しや時間・気温といった外部環境を活かす視点を得るとさらに効果は促進される。
そのような外部環境の変化だけで、1つのワークショップの流れを構成した事例を紹介したい。焚き火を活かしたワークショップ「焚き火にあつまる」である。
役割もスケジュールも決めず、ただただ焚き火をするために集まり、状況に応じた動きをそれぞれがする。加えて、焚き火を囲むにあたって、一つだけ“何か”をもってくる。定員7人限定。
ファシリテーター役を全て環境に委ねており、日差しの変化、焚き火をするまでの準備から鎮火までの経過そのものが人の行動や気分を高揚、内省、語りあい、わかちあいというように、自然に変化・促進していくことをただ味わうワークショップだ。
これはファシリテーターがいかにも「進行役でござい」な気負いや進め方に違和感を持った時に考案した。環境変化による気分の変化だけで十分にワークショップ的な流れや場になるかを実験的に試すものであったが、見事に外部環境の変化とともに気分の抑揚が生まれた。
環境変化による気分の転じ方は部分的な活用でも効果を発揮する。例えば、話し合いも目的に応じたものであれば、会議室以外で実施した方が何倍も促進されることもある。
・イベント化や実験で気分を転じる
言うなればそれは「実験」という体裁になるのであろうが、とりあえずシチュエーションを活かした「日常の非日常の実験」は何だかワクワクすることを刺激するので、気分の転じ方として格好のアプローチである。
写真は「公共空間をいかに活用していくか、どう使いこなせるか」という議論を自治体職員の方々と意見交換している中で「自由利用範囲で色々と実験してみよう」という中から生まれた一コマ。公園や港にてコタツを持ち込み、飲み食いしながら「この場所の可能性について」を語り合った。これが何か特別な展開を起こしたわけではないが、会議室の中の会議よりも中身の伴ったものになったことはいうまでもない。
・まとめ
アイスブレイク・環境・実験・イベント化によって、ゴールに向かうまでの道中の気分をいかに作っていくのか、気分を転じさせることでいかにやりとりを生産性高いものにしていくか、といったことがファシリテーターの「転じる力」の1つである。気分を転じるために、一言を振る舞いをどのようにするかという一挙一動を考え実行するのは「場をみる力」があってこそとも言える。とは言え、まだまだ転じ方は奥深いものがある。次回のコラムでは「(参加者の)在り様」を転じさせるギミック的な部分にも言及していきたい。