大掃除中もわしの中のバケモンが暴れちょる……

 こんなことがあった。

「なんだこれ……先輩このゴミどこに捨てたらいいですか?」
「ちょっ、後輩君待った! それゴミじゃない!」
 慌てた様子の先輩が、やたらと達者な筆跡で『一射入魂』と書かれている掛け軸を奪い取った。
「全く……この書に込められたベイブレード道への情熱が分からないだなんて。先輩として嘆かわしいよ」
 この掛け軸が可哀想……などと言いつつ、わざとらしくため息をつく先輩。その情熱、飾られもせずに部室の片隅でさっきまで埃被ってましたけど。あとその四字熟語は弓道の心得です。

「……冬休みにいきなり電話で呼び出されて、家の片付けそっちのけで部室の大掃除させられてる僕も中々可哀想だと思うんですが?」
「そんなこと言いつつ結局来てくれてるわけだし、後輩君もどうせ家の掃除もろくに手伝ってなかったんでしょ?」
「それはそうなんですけども……」
 実際、母には部屋の掃除をすると言っておきながら、ベッドでごろごろしていただけなので何も言い返せない。
「まぁほら、掃除が終わったらこの私の手料理ご馳走したげるから。ね?」
「ちゃっちゃか掃除終わらせますよ先輩。今年の汚れは今年のうちにです」
 なんやかんやで休日に気になる異性と二人きり、というだけでなく、その人の手料理まで食べられるとなれば、張り切るなと言う方が無理な話である。
「急にスイッチ入るじゃん怖……まぁ助かるからいいけども」
 苦笑いを浮かべる先輩と二人、埃っぽい部室の片付けに取り掛かる。

 我らがベイブレード部(正式には同好会だが)は総勢2名の弱小部である。
 そんな我々に当然まともな部室があてがわれるはずもなく、滅多に使われない社会科準備室が部室、ということになっている。
 室内に積まれている段ボールの殆どは授業に使われる資料の類で、部の備品自体はそこまで多くない。
 両手で数えられるほどの箱の中身を整理し、床の箒がけと窓拭きを行うだけで、大掃除は完了した。

「大体こんなもんですかね」
「だねえ。後輩君のおかげで思ってた以上に早く終わったよ」
 ほんの少しだけ綺麗になった……ような気がする部室を見て、満足気に頷く先輩。
「まぁ手料理が食べれるってんならこんくらい全然」
 いつも部活でGO! シュート! してる姿を見るのが殆どで、先輩の家庭的な一面、というのは見た覚えがない。
 そんな先輩の手料理となるとどんなシロモノが出てくるのか、という意味でも中々に楽しみである。
 流石にここで作る、と言うことはないだろうし、手作り弁当でも持ってきているのだろうか?
「おっけおっけ、女に二言はないからね。そしたらちょっとだけ待っててー」
 と言いながら、雪平鍋片手に立ち上がる先輩……いや待てそれどっから出てきた?
「これ? 部の備品だけど」
 言われてみるとさっき見かけたような気もする。いや問題はそこではなく。
「え、まさか今から作るんすか?」
「まぁまぁまぁまぁいいからいいから待ってなさいって」
 にやにや笑いを浮かべながら、先輩は部室を出て行った。

 数十分後。
「さぁ召し上がれ!」
 満面の笑みで差し出される雪平鍋。
「…………」
 と、ほかほかと湯気を立てるラーメン。
「インスタントラーメンを手料理っていうのはちょっと」
「カップ麺にお湯注ぐ方が良かった?」
「更にレベル下がってるじゃないですか……」
 ため息と共に、鍋を受け取る。
 あの後、水飲み場で水を汲んできた先輩は部室のストーブでお湯を沸かすと、徐にインスタントラーメンを作り始めたのだった。とんだ詐欺である。
「てっきり弁当でも作ってきたもんだと思ったのに……」
 先ほどまでのやる気と期待感を返してほしい。
「まぁまぁそう言わず。ほら麺のびちゃうから食べて食べて?」
「そりゃいただきますけど……」
 割り箸を割り、麺を啜る。
「どう? 美味しい?」
 先輩が満面の笑みで尋ねてくる。
「……普通です」
「そこは素直に美味しいって言ったら良くない?」
 手料理だと言われて具も何も入ってない素ラーメン出されて、美味い! と絶賛出来るほど、こちとら人間出来てはいない。
「と言うか先輩のはないんすか?」
「んー、一袋しか残ってなかったからね。気にしないで後輩君食べちゃってよ」
 ほらほら、と促され、再びラーメンを食べ始めた。

 部室内には麺を啜る音だけが響く。
 ストーブを挟んで正面のパイプ椅子に腰掛ける先輩は、こちらをニコニコと眺めている。
 会話はない。
 窓の外から車の走行音と、風の音が微かに耳に届くだけ。
 申し訳なさと気恥ずかしさはあれど、居心地の悪さは特に感じない、不思議な時間。
 優しげな先輩の視線から目を逸らしてラーメンを食べ進めながら、こんな時間も悪くないな、なんてことを考えていた。

 食べ終えた鍋を洗おうとする先輩の申し出を、一食しかないラーメンを食べさせてもらっておいてそこまでさせるわけにはいかないと固辞し、水飲み場へと向かう。
 これまた備品だと言って渡された洗剤とスポンジで鍋を洗う。
 実に用意周到である。おそらく常習犯なのだろう。
 またそのうち、今度は二人で食べるのもいいな、なんて思いながら部室に戻ると、先輩が驚いたようにこちらを振り返り、何かをゴミ箱に捨てた。
「あっ、おっおかえり後輩君! 水冷たかったでしょ? 大丈夫だった?」
「? 別に大丈夫ですけど……」
「そう? それなら良かった、うん」
 どこか先輩の様子がおかしい。部室を離れている間に何かあったのだろうか。
「それで後輩君さ、その……ラーメンどうだった?」
「いやさっきも言ったじゃないですか、普通でしたって」
「なんか変な味がしたとかそういうのは……?」
「特になかったですけど」
「そ、っかそっか。うん、それなら何より。それじゃそろそろ帰ろっか、ね?」
 そわそわしながら帰り支度を始める先輩……何故やたらと味を気にしているのだろう?
 見ていた限り、作り方に関しては特に問題はなかった。変なものを混ぜる様子もなし。となると問題は……。
「ん、後輩君どうしたの……ってあ、ちょっとそれは!」
 慌てた様子の先輩の脇をすり抜け、ゴミ箱に手を伸ばす。
 目当てのものはすぐに見つかった。
 くしゃくしゃのインスタントラーメンの外袋を広げ、賞味期限を確認。
 印字されている日付は、およそ一年前のものだった。
 ……ゆっくりと振り返る。
「いや、その、わざとじゃなくてね? 去年半額シール貼られてたやつを大量買いして、少しずつこっそり食べてたんだけど、気付いたら賞味期限過ぎてたの気づかなくって、それで」
「……それで?」
「……………………すみませんでした」

 帰り道にハンバーガーを奢ってもらうことで不問とした。
 幸い、年末を腹痛に見舞われながら過ごす、ということにはならなかった。



 個人的には賞味期限なら、一年以内の超過であればいきます。消費期限は厳守。
 今回、大掃除で出てきた袋ラーメンは一年以上過ぎていたので泣く泣くゴミ袋へ……。
 この存在しない記憶が、食べられることなく廃棄処分となったラーメンの供養になることを祈ります……。


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