「お前あの祠壊したんか!?」

 こんな話が巷で人気となっているが我が村では祠が壊れることなどよくあることである。
 この村は……といっても今では平成の大合併によって町になっているのだが余りに有名なためちょっとした観光名所にもなっていて場所はF県のZ町にある、名前はそのままズバリな『祠村』だ。
 ここの村には大小さまざまな祠が点在している。
 それでだが何いうこの話の最初になったエイ田くんも祠を壊している。

「また壊しちまったよ……。祠、ありすぎなんよなあ、うちってよお」
 そうやってぶつくさ言っているのがエイ田だ。村に残って青年団をやっている男でまあ特に変わりのない者だ。

「よおエイ田。辛気臭い顔してんな? 何かあったか?」
 話しかけてきたのは同じ青年団にいるビイ尾である。彼は少々荒っぽいところもあるが気のいいやつだ。何もなければいつもエイ田となんてことない話をしている。

「何って祠を壊してな」
 歩いてもう後ろにあるがエイ田がけつまづいて半壊している古びた祠がある。別に風雨で壊れたようにも見えるくらいボロっちいものだ。

「なんだそんなことかよ。俺もこの前の大雨の日に見回りで滑って祠を壊してよ。ちょうどいいから川に流したけど何も祟りなんかねえぞ」
 ビイ尾はそうやって脇道にもある別の祠に蹴りを空振ってみせた。まるで滑って壊したのでなく意図的であったかのように。

「あの後、用水路に詰まってたクズはお前か? こっちはまたあの雨で祠がいっちまったかと思ってたがよ」
 とがめているわけじゃない。本当に大雨、台風、そんなときにはよく祠が壊れて流れてくる。
 昔はそうなるとまた新しい祠を頼んだと聞くが今では壊れたら壊れたまんまである。

「なーに話してんの?」
 そうすると村によく出入りしている、いわゆるアマチュアのオカルトマニアのシー奈がやってきた。
 彼女は度々こちらに足を運んで祠の数や最も古い祠などを探してはネットに乗せたり動画配信もやっている者だ。
 本当に度々なものだから2人とも昔からの知り合いのように接してしまっている。

「ああ、シー奈ちゃん。なーにって祠をまた壊してしまったってだけだよ」
 ビイ尾がニヤけた面で挨拶をした。
 実際シー奈という女は中々の美人であり歳も近い彼らからすればオカルトマニアでも彼女のような者なら煙たく扱うことはしない。
 それに彼女は礼儀正しい。

「今日で1つこの前の大雨でビイ尾ので1つ、総数から減らしとけよ」
 意地悪そうに言うエイ田だが、減らす必要もないことを知っている。
 何しろ彼女が来るたびに山に幾つあっただの茂みの中にだのとむしろ増えているのだから。
 しかし今日は違った。

「あーー、それだと実はあたしも車止めるときにぶつけたのが祠って分かってさ、あたしも壊しちゃったのよね」
 なんと今まで見つけるだけで触ることもしてなかったシー奈がついに祠を壊してしまった。
 これまでに祠が壊れても何の祟りも無いことを聞いてはいたが流石に自分が初めてやってしまったというのは少し思うところもあるようだ。

「へえ、それじゃシー奈ちゃんもようやく村の人間になったってことだな、アッハッハ」
 そうやって笑い合うエイ田とビイ尾。
 それもそのはずで村人の中で祠を意図的でなくとも壊したことの無いやつはいないからだ。
 それは元村長もそうだという。

「もう、笑い事じゃないってば! ま、それより村長さんのお家ってどこ? 前にさ、今度祠について話を聞きに行きたいって言ってから土産も用意してるのよ」
 シー奈も祟りが怖いなんてことはない。
 むしろこれで祟りが起きれば自分もアマチュアからプロへとなれるのではとすら思っている。

「ああ、後ろのその包……酒か? それだったら村長は喜ぶだろうな。よぉし、俺らも祠のこと聞きてえと思ってたんだ一緒に行っていいか?」
 エイ田もビイ尾も一度は村長に話を聞いてみたいと思っていたところで渡りに船であった。

 村長の家に行くまでにも祠は大小さまざまなものがあり幾つかは本当に朽ちて壊れているのか誰かが壊したのか分からなくなっているのもあった。しかし流石にシー奈はそんなものには見向きもしない。とっくに村で楽に見つかる祠は見つけてある。
 シー奈はもっと昔の祠のことが知りたいのだ、とまあそんなことで村長の家へとやってきた。
 田舎らしくというか天気もいいので戸は開けっ放しで裏も開けてある。

「おおい、村長さんやーい」
 ビイ尾が戸に向かって大声で呼びかける。

「入ってこーい」
 というダミ声が返ってきた。
 3人はそれぞれお邪魔しますと言って入っていった。

 村長は居間の奥にある書き机にいて何か書いていたことろだった。
 足音が違うのが3つあったことも分かっていて書き物をすでに止めて3人を迎えた。

「よく来なすったシー奈さん。それで2人は、何だ? また祠でも壊したか?」
 村長も前に聞いたことを忘れてはいなかった。
 そこに2人が来たので祠というわけでもない。この村の人間なら祠の1つや2つ壊しているのが当たり前だ。それでつい聞きに来るというのもまた良くあることなのだ。

「ん? ああ、まあな。それよりも祠についての話っての興味があってよ」
 別に祠のことで責められるなんて無いと分かっているからこそ認める。

「あ、その前にこれうちの祖父が杜氏やってまして……」
 丁寧に風呂敷に包まれた2つの大瓶を渡すシー奈。

「へえ、こりゃまた大吟醸の……ああ、こいつは知ってる。良い酒だ。とはいっても村の歴史書庫から引っ張り出して見ても、やっぱりあるところから、ぶっつり無くてな。まあその辺も教えてやるさ」
 村長は一旦その酒を奥に置いてから語りだした。

 まず最初にこの村も最初は祠村なんて名前じゃなかったってことだ。
 三日月村だと伝えられていて正式な古い書面にもそう書かれてあった。
 また祠だが、その、つまりは書面があった時点ですでに今ほどではないにせよ割と多くあったと書かれている。

「この三日月村だがワシが父から教えられたものによると、村のどこかから見ると、そら出っ張り山があるじゃろ? あれが十五夜の満月を隠してそう見えるからだと言われておる」
 出っ張り山とは通称だが正式名称は特に知らないもので頂上に大きな石が脇に突き出して出っ張っている山のことだ。
 毎年、台風の時期になったり地震が起きたりすると出っ張り山が崩れやせんかとよく話題になるがまだ崩れたことはない。

「次に祠だが、まあはっきり言って正確な、というべきか正式な祠があったかさえ誰にもわからんのだ。それも酷い理由でな、何しろ祠が増えたってのも前の村長と寺と土建屋の談合で出来たってもんなのさ」
 これにはシー奈も大きな声で悲鳴を上げて落胆していた。
 またその手法も馬鹿馬鹿しくも不勉強でいて祟りを信じていた純朴な村民を騙すかのような手法でマッチポンプのように祟りが起こされては祠を建てて、壊してはまた建ててというものだ。
 だが、この中で祟と言えなくもないことがあった。

「最後の方なんぞデカい塔みたいのを建ててのう。その中にそれまでの祠の文書が収められていてな」
 流石に搾り取るにもおかしいと感づかれる前に最後にデカいものを建てて村長ともども都市へと出ようとしたときのことだ。
 彼らはもう怪しまれていたからか塔の祠にこもって会議をしていた。少しでも怪しまれぬように坊さんは御経を読みながらだ。

「まあ、なんだな、火が付いたんだ。塔がごうごうと燃えて、まず坊さんが欠陥建築で材木が崩れて死んで、飛び出してきた土建屋が坂を下っているときに転げて死んで、最後に村長が生き残ってぜいぜいいって顔を上げたところに焼け焦げた祠に収められた陳腐な菩薩像が飛び出てきて首を刎ねて終わったな」
 淡々とした語り口調だったが、流石に祟りでないかとシー奈も含めて思うほどだった。

「それだと祟りはあったってことですか?」
 シー奈が聞くと村長は手を振って無い無いと笑って答えた。

「欠陥だらけの塔に入って文書だらけのところで火を焚いていたんだ燃えるだろ。欠陥なんだ、崩れるなんて当たり前だしそもそも坂に無理やり建ててたんだ。飛び出してきた奴らが一酸化なんちゃらで頭おかしくなってりゃ走っても下りれる坂で転べば死にもする……だが、まあ、なんだな、村長に関してはワシもガキんときにしっかり見たものだから祟りには見えたなあ……何せ首を狙ったように飛んできたんだからよ」
 どうやら実体験のようである。
 そんな事故は無かったとオカルトマニアで出回っている事故事件についてシー奈が言うと今度は村長らが隠してた金が原因だと言った。
 村中の借金を一気に返してまだ余るってんだから当時の駐在所のお巡りさんにも金が渡されていた。
 それで結局のところ村長も土建屋も坊さんも急に消えたことになって終わり隣町の警察による聞き取り調査も前々から他所でも怪しいと噂されていたせいか夜逃げで解決となった。

 結局のところ本当の祟りは村長らにだけ起きたのではという結論で村長の家を出た。
 シー奈はがっかりしたかと思えば面白い話を聞けたと満足そうに帰っていった。
 ビイ尾は嘘っぱちかと聞いて実際のところ少し安心したようだ。
 エイ田はというと……。

 数カ月後。
 十五夜の月が出る頃までに辺りを散策していた。
 そして祠を探して丁度、まるで運命的にというように探し出すことが出来た。何をかといえば本当の祠だ。
 十五夜の朧月が晴れて三日月になった満月の明かりがスッと差したところに小さな祠の扉があった。鍵はかかっておらず扉を開けてから地面を見てみるとなにかの台座が見えた。
 おそらくこれが村長の言っていた塔があったところだ。

 祠はあったのだ。
 そして祟りもあった。
 ようするに「三日月が見えないだろう」とやつらに怒ったのだろう。

 そう思うとエイ田も、これが見えなきゃなと思った。



 さて、終わりには少しある。
 本当のところはどうかというと……。

「ああ、村長。前に三日月村のあれ言ってましたよね? 見つけましたよ三日月になる場所。それに祠も」
 エイ田は得意げな顔で報告しようとするが……。

「ああ、あれか……ハハッ、ありゃあ二銭銅貨だよ」
 そう言って笑っていたのだった。

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