書体「Trajan」のレポート
はじめに
7月29日オンラインにて、遠藤大輔さん(グラフィックデザイナー・美大講師)の『デザイン、学びのしくみ』の出版記念セミナーに参加した。
その中で「書体を一つ選び、徹底的に調べ、エッセイを書いて下さい。 そのエッセイを本文として、ジン(冊子)をデザインしてください。」というものがあった。
私はローマン体の中でも最も歴史の古い「Trajan」を選択した。
大変難しい課題だったが、どうか最後まで読んでくれると幸いである。
(とりあえず公開したいためnoteにアップしたが、微修正してからジンの作成もする予定だ)
1.「Trajan」
グラフィックデザイナーでもない私が「Trajan」について語るのはおこがましい。しかし、どうか無謀で勇気のある挑戦だと受け止めていただきたい。
「Trajan」は、約2000年前にローマに建てられた、「トラヤヌス帝の碑文」と呼ばれる石碑の書体を元にしている。それを1989年にAdobe社のデザイナー「キャロル・トゥオンブリー」がコンピュータフォント化ものである。
これはフォントの素人が「Trajan」について調べた文章になる。
2.2000年経っても色褪せない書体の魅力
「Trajan」の元となる書体のルーツは、4000年前に存在したフェニキアの表音文字が、ギリシャを経て2000年前に現在のローマン書体(セリフ体)の大文字として確立したとされている。だからこそ全てのローマン体の書体の祖と呼ばれている。
ローマに建てられた「トラヤヌス帝の碑文」と呼ばれる石碑もまた、その書体を使っている。全てのローマン書体の祖でありながら、すでに高い完成度を持っていた。
2000年前はまだ小文字というもの存在しない時代だった。ゆえに「Trajan」は大文字のみとなる。(その代わりに「Trajan」のフォントには、スモールキャップと呼ばれるグリフが存在する。スモールキャップとは、大文字を小文字のエックスハイト程度に小さくデザインしたグリフのことである)
石に刻まれた書体を元にしているので古典的で格式がある姿を持ち、威厳を感じさせる。さらに独特の長いテール(特にQのテールはとても長い)を持った、優美なフォルムが現在にも残されているのは奇跡に等しい。また、文字によってプロポーションが大きく異なる。狭いプロポーションのEとFは、広いOとQの半分程度しかない。
フォントにはデザインの元となった、筆書の名残を見せるセリフを、うまい具合に表現されている。そこに「Trajan」を作った「キャロル・トゥオンブリー」の熱意を感じさせる。
「Trajan」のフォント名及びフォントの元となった「トラヤヌス帝の碑文
」。これはダキア戦争で勝利した帝王の威光を記したものであり、これを後世に残すために記されたものとされている。なお高さ40m、横3m、縦1.3mの大理石に165文字にわたってラテン語で彫り込まれている。当時は23文字しかなく、UやWはまだ存在せず、Vを元にしてUとWが生まれたとされている。(「Trajan」のフォントにはUとWのグリフはある)
石にノミで文字を刻むのがいかに大変であるか。2000年後の現在までこの石碑が残るのが、いかに重要な意味を持つのか。文字というものを石に残してきた者の、決意と覚悟に思いを馳せてしまう。
ポスターなどに一般的に使われ始めたのは、1989年にコンピュータフォント化されてからだ。しかしこのように太古から伝わる書体を元にしたフォントである。歴史を持たせたい、あるいはのちに歴史に残ることに想定した、プロダクトのフォントに使われる傾向がある。
またフォルムの美しさから優美さや高級感も持たれていることから、ブランドとしての書体に使われることもある。また、ドラマティックな映画や作品にもマッチする。
主にGODIVA(世界的に有名なベルギーのチョコレート専門店)のロゴ、大学、銀行、映画に使われている。
3.「Trajan」の課題・問題点
ここまで書くととても魅力的な「Trajan」だが、課題点もある。
近年映画などで乱雑に扱われたことにより、本来「Trajan」が持っていた魅力が失われつつあるということだ。
なぜ「Trajan」が多くの映画ポスターで使用されているのかを説明する映像がある。これは映画のポスターを1万6000枚以上見てきたグラフィックデザイナー、イヴ・ピータース氏によるものだ。Voxの公式チャンネルにて紹介されている。
この動画によると、太古からある書体であるものの、「Trajan」を元にしたフォントは手書きのレタリング時代にはポスターなどのフォントとしては使われていなかったようだ。
使われるようになったのは、やはりパソコンで写植されるようになってから、「Trajan」がコンピュータフォントになった1989年以降の話になる。
かつては手描きやレタリングで文字を入れていたので、作品によってフォントに個性があったらしい。
映画ポスターは1種類しかデザインがないので、映画毎にフォントが作られる。
フォントが、映画の個性を全て表す。取り替えが効かない。当時の映画のポスターのフォントを作るデザイナーの覚悟も伺える。
フォントの取り替えがきくようになったのは、パソコンでポスターが作れるようになってからだ。美しいフォルムを持った「Trajan」はやはり映画の定番フォントとしても有名になった。
初めのうちは、きちんとしかるべき使い方がされていた。叙情詩、歴史物、壮大な物語。
特に「タイタニック」や「I AM LEGEND」、「TITUS」はとてもいい使い方をしたと思う。
しかしヒットする、受ける、間違いがないからと、次々と「Trajan」を使用したホラーやB級映画のポスターが氾濫するようになったようだ。ホラー映画ならまだしも、B級映画に使われるようになった「Trajan」の価値の低下は嘆かわしい。
「Trajan」を使うことで逆に、「大したことない映画だが、ポスターだけはよさそうに見える」という状態になってしまったようだ。
このような形で映画界で「Trajan」の栄枯盛衰が発生していたのは、知りたくもなかった現実だ。
このドラマチックで厳かな書体を、意味を知ってあえて狙うのならまだいい。しかしデザイナーが「Trajan」の背景を知らないまま、なんとなく受けがいいいう意味では間違っても使ってはいけなかった書体だと私は思う。
4.「Trajan」を使う方への願い
全てのフォントの祖である「T全てのローマン体のフォントの祖である「Trajan」。長い歴史の中で、色々あったフォントだ。
それでもこれほど素晴らしいフォントは存在しないと私は思う。フォントの種類は「Trajan」の元の書体があった頃から随分と増えてはきたが、これからも歴史の上で光る、唯一無二のフォントであり続けると思っている。
適当に扱って欲しくないフォントだが、ここぞというときはどうか使用して欲しい。
この歴史の重みを感じて、これほど深みのあるフォントを、しかるべきところで使ってほしいと切に願う。
最後に
課題をくださった講師・遠藤大輔さん、本当にありがとうございました。
なぜ数あるフォントから「Trajan」を選んだかというと、調べるにあたって一番覚悟が必要で難しそうであり、やはり歴史を感じて魅力的だと思ったからです。
正直資料は「Helvetica」の方が多かったです。しかしやはり、太古のロマンには勝てませんでした。おかげで書体やフォントの理解が深まり、フォントが持つ歴史や意味を理解しながら使うことを知りました。
最後まで読んでくださってみなさん、本当にありがとうございます。
参照:
GIGAZINE「映画ポスターで「Trajan」フォントがなぜ多く使われるのか?」
https://gigazine.net/news/20180702-movie-poster-typeface-trajan/
イヴ・ピータース氏のインタビュー(GIGAZINE「映画ポスターで「Trajan」フォントがなぜ多く使われるのか?」の記事の元となった動画です)
How one typeface took over movie posters - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=yI4shGV1EsM
古代ローマ文字をデジタルで再現 トレイジャン(Trajan)について
https://asobo-design.com/nex/blog-129-55110.html
参考書籍:
図解でわかる欧文フォント100(スティーブン・コールズ著 エリックシュピーカーマン序文)P100-101
https://amzn.asia/d/gtRTefp
となりのヘルベチカ マンガでわかる欧文フォントの世界
フィルムアート社 (2019/9/30)(絵・著 芦谷國一(あしや・くにいち)
[監修]山本政幸(やまもと・まさゆき)) P179P-186
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