僕が音楽を志した理由。#3 サイモン & ガーファンクル 、オリビア・ニュートン=ジョンと 小泉今日子
中学二年の時に、テレビで"サイモン & ガーファンクル"の復活NYチャリティーコンサートが放送された。
今思えば、僕にとって、この時の"このライブの音楽"との出会いが、大きなターニングポイントだったと思う。
当時、家にビデオデッキも無かったので、録画しておくこともできない、(ただ音源だけはテープに録音していた記憶がある)ただ一度のコンサートの音楽がしばらく頭から離れなかった。このコンサートのライブアルバムが発売されたのは一年後だった。
もう少し詳しく説明すると、この時バックバンドを務めていたメンバーは、NYを代表するジャズのミュージシャン達(スティーブガットや、リチャードティー等々といった。)で、曲も素晴らしかったのだが、演奏とアレンジがめちゃめちゃ良かったのである。
その後の僕の音楽趣味に、このコンサートは圧倒的なインパクトだった。
てっきり、オリジナルの演奏もこういう物なんだろうと思った僕は、演奏曲のレコードを探して聴いても、全く違うものだった。どうしてそうなのか、僕にとっては長い疑問でもあった。
随分立ってから、このビデオが発売されたり、今ではYoutubeでも見ることができる。良い世の中だ。
Simon & Garfunkel - Mrs. Robinson (from The Concert in Central Park)
中学生になって、洋楽に触れるようになってから、日本の音楽シーンよりも圧倒的にUS,UKチャートの音楽を意識して聴くようになっていた。海外からくる80'sのサウンドにとにかく夢中になっていた。
"サイモン&ガーファンクル"がNYでライブをやったのと同じ年、"オリビア・ニュートン=ジョン"が、"Physical"「虹色の扉」をリリースした。
おそらく、最初はジャケットにグッときたのであろう。
音楽はMTV(1981年6月スタート)時代に突入しようとしていた時期だった。ただ、まだ中学生の僕には見たくても当時はほとんど見る機会が限られていた。まさか、"Physical"がこんなMVだとは、当時しらなかったと思う。
Olivia Newton-John - Physical (Official Video)
中学生から高校生に駆けて、当時街中で流れていた、所謂ポピューラーミュージックは、とにかく聞いていたと思う。
今より、圧倒的に情報の少ない時代、得られる情報は雑誌かテレビかラジオか、とにかく、どのアーティストが凄いとか、カッコイイとか、新しいなんていう謳い文句をみつけると、評論家気取りで一度は聴いてみないと気が済まなかった。
当時は、新しい洋楽、音楽が聴けるのは、"輸入盤を扱うレコード店"の前とか、なかなか中学生が入れない"オシャレなカフェバー"とか、あるいは"FMラジオの番組"か、"ベストヒットUSA"位のものだった。
聴きたくなったら、かなり貪欲に探さざるを得なかった。
ところで、中学3年になる1982年、この年あたりから、日本はアイドル全盛期だった。"松本伊代"、"中森明菜"、"小泉今日子"、"早見優"、"石川秀美"と言った今でも名前を聞くタレント達が一斉にデビューしたのだ。
当時の中高生が誰しも、夢中になったと思うのだが、僕も例外なくアイドルに夢中になっていた時期でもあった。特に音源を聴いて、誰が次の"ザ・ベストテン"に入るかとか、そんな予想をしていたと思う。
部活が放送部ということもあって、文化祭ではラジオDJ風のことを、教室でやっていた。先輩からレコード会社に電話して、文化祭で曲を流したいからポスターが欲しいというと、当時余ったポスターを無料でもらえた。都内のレコード会社には、中高生の時にほとんど回ったのだが、このとき、表参道にあったビクターレコードには、ファンの為のちょっとしたスペースが用意されていて、ボードゲームで遊んだり、最新のレコードを聴くことができた。
放課後の遊び場として、この場所に味を占めた僕は、しばらく表参道のビクターに通った時期があった。
そこで偶然、当時はまだブレイクする前だったと思うが、"小泉今日子"さんにあった事がある。その時もらったサインがこちら。
のちに"Kyon2"のサインに変わったと思うのだが、この時はフルネーム、"S57.11.2"というのも時代を感じる。今 "R2.5.13"とか書く人いるのかな?
"小泉今日子"さん、大ファンではあったが、当時アイドルにまでは小遣いは回らず、レンタルレコードを借りて、カセットに録るとか、グラビアも、無料のパンフレットを集めたり、"松本伊代"さんとか、"早見優"さんのライブも行ったが、懸賞であったものとか、スポンサーの無料ミニコンサートの様なものだけ見れた記憶である。
前のnoteには書いたが、お金を払ったはじめていたコンサートは、"松田聖子"さんだった。
ようやく、次は高校時代ですね。
つづく。