握手
ゴールデンウィークの一日、私は梅田で迷った。Googleの地図では到着しているはずなのに、VALU BARの場所が見つからない。久しぶりに履いたヒールの足が痛い。もう帰ってしまおうか、と思いながらも、なぜか行きたいという気持ちが勝った。
迷い出してから20分が過ぎたところで、メッセンジャーグループにヘルプを出す。お世話役の人から動画が送られてきた。スマホを見ながら、目的地に向かう。
BARに入ると、知らない人ばかりだった。端っこの席について飲み物を頼んだら、人と名前を覚えることから始める。そして、秘かに会ってみたい人が来るかどうか、思いを巡らせる。Facebookやメッセンジャーでのやり取りはあるが、実際に会ったことは、まだない。今日こそは会えるだろうか。
次々と来店客が集まり、BARの中は満員に近くなった。この頃には打ち解けて話せる人も来ていて、私はかなり気が楽になっていた。話していても、BARのドアが開く度に視線が動く。
何度目かのドアが開いた時、あ、と思った。今日は会えたのだ、あの女性に。名乗られなくても、見ただけでわかった。佇まいが、彼女の作品に出てくる花のように感じられた。
彼女が私の席の近くまで来た時に、とっさに手を出した。知らず知らずのうちに、私は握手を求めていた。彼女は、差し出された手を見て、少し驚いたようだった。大きな瞳で私を見つめ、そして、視線を手に向けてから、両手で私の手を包んでくれた。うつむき加減の表情が、薄紫色のムスカリの花を彷彿とさせた。
「冷たい手で、すみません」と言われた時、私は何かを答えながら、しまった、と思った。私が差し出したのが左手だったから。私は、左利きなのだ。手を離し、彼女が1つ空けた隣の席に着く。おっさんのように、右腕をカウンターに乗せ左手を出した私のことを、どう感じたのだろう。