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思う時間

4月の肌寒い日の午後。子どもが学校から帰るなり、自分の部屋にこもった。まずオヤツを食べて、それからゆったりとくつろぐのが、あの子の日常なのに。なんだか変だな、と思いながらも、仕事の続きをこなしていた。
小一時間も過ぎただろうか、ふと手を止め、子ども部屋に向かう。ドアは開いたままだったので、そっと覗いてみる。子どもは、机に向かっていた。机の上には宿題ではなく、ビーズのケースと、数粒のビーズが転がっていた。どうやら手芸をしているようだ。珍しい、と思いながらも、声をかけてはいけないような気がして、そっとその場を立ち去り、仕事に戻る。

夕食の準備をしようかと考えている頃、子どもが部屋から出てきた。心なしか、楽しげな雰囲気が漂っている。先ほどの作業が終わったのだろうな、と想像して、台所へ向かう。
食卓を整えようとダイニングテーブルに戻ると、一連のビーズがあった。学校の友達に渡すなら、確認しておいた方がいいかもしれない、と考えた。
「これ、どうしたの」
と、子どもに尋ねる。
「あ、見られちゃった。母の日にね、ネックレスを作ったの」
「そう。じゃあ、母の日に見せてもらって、ありがとうって言うね」
二人で最後の仕上げをして、桃色のネックレスは完成した。

濃淡のグラデーションが光に反射するビーズに触れながら、私を思ってくれた時間を味わっていた。


週刊キャプロア出版2号「愛と性」に掲載
https://www.amazon.co.jp/bspp/product/B07D7BBSYK

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