タイムトラベルが教える,日常のかけがえのなさ 〜映画『アバウト・タイム 愛おしい時間について』の魅力〜
タイムトラベル能力を実際に手に入れたら,人はどう行動するのだろうか,どう変わっていくのだろうか.能力をうまく使えば大金を一瞬にして手にすることも,世界の英雄になることも,時の権力者になることだってできる.そうした富,名声,力の全てに目もくれず,ただ愛のために使い続けた男の名はティム.「アバウト・タイム 愛おしい時間について」の主人公だ.
本作は,21歳の誕生日を迎えた主人公ティムが,一家に生まれた男たちにはタイムトラベル能力があることを父親から知らされるところから物語が始まる.ロンドンに移り住んですぐにメアリーと出会い,恋に落ちてから彼はその能力を駆使して,なんとか彼女の愛を勝ち取ることに成功する.しかし,物語はそこで終わらず,恋仲になってから,家族として暮らしていくまでの話を描いていく.タイムトラベル能力を持つ以外は,私たちとなんら変わりのないティムが,何を選び,どう生きていくのかを見届けていく2時間である.
あの時,ああできていればという後悔は誰にでも付きまとうものだ.些細なことから,人生の分岐点まで,日々は選択に溢れている.選択だと思ってもみなかった出来事が,のちに大きく影響してしまうこともあるだろう.それらの全てを良い方向に進めていくことは現実的ではない.それは,タイムトラベル能力を持ってしても実は同じことである.物語の中で,ティムは多くのことを諦めてきた.しかし,それらの選択の全てに対して諦めたままにせず,能力を使わず真摯に向き合うことで,彼は人として成長を遂げていくこととなる.冒頭に述べたような人生を送らずに,ただ愛に溢れた人生を選び取った彼は,私たちにタイムトラベル能力がなくとも幸せに生きていけることを教えてくれる.
この作品において,タイムトラベル能力は物語の主軸ではなく,アクセントの一つに過ぎない.能力を手に入れた初めの頃は,ティムも,私たちもその特異性に強く魅了されてしまう.だが,時間が進むごとにその能力が万能でないことに,変えることのできない日常の美しさに気づくことになる.「タイムトラベル」という特殊な設定が,馴染み深い日々の幸せを強調する結果となるのだ.地球に最も近い天体である月を,太陽の瞬くような強い光がなければ視認できないように,いつも側にある大切なものを,私たちは特別なものがないと感じることができないのかもしれない.本作は,そうした大事なことを私たちに伝えてくれるのだ.