#3 短文と長文ー短文
練習問題3 問1
靴を脱いでからそっと鍵を外す。息を吸い、三つ数える。ドアノブの可動域を確認する。どこにも無理をさせないようそっとドアを開く。外の明かりを入れ過ぎない。瞬時に部屋の状況を把握する。ワンルームなので簡単だ。隙間から身を忍ばせる。ドアを閉じるとしばらく暗闇に目が慣れるのを待つ。靴を置き、中央のソファーベッドまで進む。途中のバスマットに足をとられないように。ここから先は細心の注意を要する。闇の中、窓際のベッドを凝視する。家主の規則的な寝息を五回数えた。衣服まで制御下におくほどの集中。僕は溶け合うほどの繊細さで尻をソファーベッドに下ろす。そして左へ重心を動かしていく。骨盤、脇腹、肋骨のひとつひとつ。部位ごとに意識して接地させていく。漸く顔の側面まで到達し、しかしまだ力は抜かない。これから足を離さなければならない。足先が床を離れるさい、わずかにソファーが軋んだ。息をのむ。足を不自然な姿勢で維持したまま掛け時計の秒針の音を聴き続ける。何も起こらない。気を取り直し、体を仰向けにしていく。そうしてソファーベッドを背中全体で感じる。息を吐く。体から力が抜ける。安堵の吐息を吸い戻そうとしたとき、明かりがついた。おかえり、遅かったね。