もう、残された道がフリーランスしかなかった
中野あすかです。
フリーランス。独立。起業。
とってもキラキラしていて、輝いているような言葉に聴こえますよね。
しかし、ここに
「もう、私が生きていける道はフリーランスしか選択肢がないのかもしれない」
という大絶望から、独立を目指しはじめた28歳がいます。
今日は、独立を決めるのには、必ずしも最初から高い志もいらないし、キラキラしてる必要はないと思う、という話をしたいと思います。
長くなっちゃう気がするけど、良かったらお付き合いください。
仕事は出来るのに、仕事が続かない
語弊を恐れずにストレート言うと、私は自分のことを仕事が出来る部類の人間だと思いながら、会社員時代を過ごしてきました。
カオス状態の業務フローの整理・構築もたくさん戦ってきたし、クリエイティブ寄りの仕事もそこそこ得意だし、文章を書くのも得意だし、人前で話すことも苦手じゃありません。
新卒2年目で新規部署の立ち上げにも抜擢され、部署の予算は実質私が管理していました。転職は基本ヘッドハンティングで、「今の環境が合わないなら、うちにおいで」と声をかけてくれる会社がたくさんありました。
持ち前の要領の良さとかけ合わせれば多少のことはなんでも出来たし、みんながあぐらをかいている間にめちゃくちゃ勉強して、先輩や上司、他社の良いところを盗んで、いつだって本気だったのです。
だからこそ、仕事をしない・できない人が嫌いだったし、特に、自分ができないことを私のせいにしてくる人が大嫌いでした。
「あすかさんが全部仕事をやっちゃう」
「あすかさんがいつも美味しいところを持ってく」
そう言われることは、どんな職場でも何度もありました。
でも、当時の成果主義の私からすれば、「じゃああなたは何ができるの?」って感じで。
そんなこと言う人に限って、業務時間中に雑談ばっかりしてるし、たいした結果も出してない。そう思っていたのです。
(実際はその人が何をやっているのか知ろうともしなかったのですが。)
とにかく私は、人に任せるとか、人を育てるとか、人を信頼するとか、そういったものが、限られたごく一部の心を許せる人にしかできませんでした。
そうゆう態度は、本当によく人に伝わるんですね。
私は、同僚に嫌われていました。
「チームなんだから、ひとりで動かないでチームのことを見てよ」
と、同僚にイラつきながら言われたとき。
嫌われ者の私は、怒りで反発するしか出来ませんでした。
それは誰に向けたセリフ?
私のため?
それともあなたのため?
チームのため?
ただ、私も成長していたのかもしれません。大人だから、「ごめんなさい」と、思ってもない言葉で場をおさめるのが上手くなっていって。
それから私の中の糸は、いつ切れてもおかしくない状況でした。
その後、たまたま起こっていた社内の別の問題を理由に、私は会社を辞める決意をします。
それでも、私は上司に私の生き方を認めて欲しくて、
「私が辞めたほうが、上手くいくと思いますしね」
みたいなことを、退職面談でわざとぼそっと言って。
かっこ悪すぎて、面談中はボロボロ泣けてきました。
上司は、
「そんなことない。俺は中野さんの好きだと思ってるから。とてもさみしい。」
と言ってくれました。(もちろん恋愛感情じゃない)
その言葉がなかったら、どんな成果も報われなかった。
今でも本当に大好きな上司です。
年収だけが、自分を許せる材料だった
そんな私ですが、転職活動自体で困ったことはあまりありませんでした。
たくさんの経験を積ませてもらって、イケイケな業務経歴もあるし、28歳までに4回も転職したけど、いつも1ヵ月以内で転職活動が終わっていました。
自分を賢そうに、それでいて愛嬌があるように見せるのは、得意だったのかもしれないです。
年収交渉はどの会社でもしました。1回の転職で年収を100万上げたこともあります。
職場をいくつ転々としてても、年収が下がらなければ、自分の価値が下がっていない、と思いたかったのかもしれません。
今考えれば、年収が上がっていくことは、私の何よりの安心材料だったんだと思います。
でも、行く先々で私は不幸せ、になっていきました。
「仕事もできるし(会社はそう思って採用してる)、愛嬌もあったのに。」
どんどん、会社と自分との歯車が噛み合わなくなります。
特に私は、自分がハンドルを握れる立場で仕事を経験してきたことが多かったせいもあって、信頼していない人に指示・指摘される仕事が嫌で嫌で仕方がありませんでした。
ただムカつくだけなら健康で良かったのだけど、威圧感を持っている人に何にも言い返せないときは、さめざめと泣いたこともあります。
5社のうち1社は、抑うつが発症して辞めました。いちばん最初の転職のときです。
その時のことは、まだまだきちんと触れられない自分がいるから、いつか話せるようになったときに書きますね。
もうちょっとライトなところでいうと…、仕事をマイクロマネジメントされてしんどかった話があります。
担務表に書いてあることしか進めてはいけないから、当時の私からすると、創造性のかけらもない仕事のスタイルでした。
細かいことをいちいち上司に確認しなきゃいけなくて、あまりにキツすぎて。リモートだったから余計。
今考えれば、そりゃ新しく入ってきて何者かもよく分からないヤツに、今まで自分(役員クラスの人)がやっていた仕事を下ろすのだから、不安でいちいちチェックしないと済まないよねとは思います。
それに勘づいてくれて、途中から方針を変えてくれたけど、もう色んな理由でいっぱいいっぱいになって、結局そこも辞めてしまいました。
もう、合わないと思ったら、その場を去ることが癖になっていたんだと思います。
「年収と勢いで決めた自分が悪かったんだ、会社は何も悪くない」と、自分の中で辻褄合わせをしました。
天職と思った仕事なのに
そして私は、❝社会人人生、最後の会社にする❞と決めて、社長1人、社員1人の会社に入社しました。最後のくじを引くような気持ちで。
「こういったサービスを作るから、一緒に手伝ってほしい」
と知り合いの社長に誘われ、
生まれて初めて、事業を企画段階から作る体験をさせてもらいました。
もう、楽しくて楽しくて。
今までの仕事の中で一番楽しかったんじゃないかなと思います。
自分たちが「本当に良い」と思ったものを、誰かに頼まれる訳でもなく、自分たちの手で考えて、作る喜びといったら。
社長は、街中でショップを見かけるほどの有名な商品のデジタルマーケティングを手掛けていた人で、本当に色んなことを教えてもらいました。
事業づくりはマーケティングが密接しています。マーケティングは事業づくりだし、事業づくりはマーケティングなんですよね。
私は、「本当にこれは世の中のためになる」と確信したサービスを企画したとき、心臓が震えました。
なんてあたたかいサービスなんだろうと。
小さい子供がいるママ向けのサービスだったのですが、サービスづくりに協力してくれた人が、
「ママが幸せになれば、子供も幸せになる」
というメッセージを発信してくれて、本当にそうだよなと思いました。
でも、また、人間関係の問題がやってきました。私には、台風ジェネレーションを起こす才能があるみたいです。
「またかぁ・・・」
もう、正直疲れきっていました。
こんなに楽しい仕事なのに、こんなに心震える仕事なのに、天職なのかも、と思っていたのに。
また、自分起因の人間関係の問題を起こしてしまいました。
会社の雰囲気がどんどん悪くなり、ついにミーティングに呼ばれなくなったとき。
「私は、見限られたんだ」と思いました。
あんなに期待して採用してくれたのに、まーた、やってしまった。
「なんか、もう、どうでもいいや!
私、多分、人と一緒に働くことが向いてないんだな。」
それからの私は、機械のように働きました。
何かをするときは必ず指示や承認をもらってからにしたし、アクシデントが起こっても
「○○さんの指示通りにやりました。必要だったなら最初から細かく指示してください」
と、冷たく返すロボットになりきることで、これ以上自分が傷つかないように自分を守っていたのです。
人間って不思議です。
大好きだった人たちに、尊敬できる人たちに見放されたと感じると、これまでの敬愛が一気にどっかに行って、嫌い・嫌い・嫌いで頭がいっぱいになるんです。
相手が自分を拒否しているのなら、私も拒否していいだろう、と思ってしまう。「好きと嫌いは紙一重」は、恋愛だけでなく、すべての人間関係に言えることなんですよね。
同僚が助け舟をくれていたのに、プライドが許せず、その船に乗ることすらできませんでした。同僚さえも邪険に扱う始末。
私は、人生最後と決めた会社を、数か月であっけなく辞めることになりました。
専業主婦になる選択肢がなかった訳じゃないけど
話は変わりまして。
私はパートナーと一緒に住んでいるのですが、パートナーはいわゆる職人さんで、個人事業主として働いています。
今のご時世で、とってもありがたいことに、正直パートナーの稼ぎだけでも暮らしていくことは余裕でできます。きっと子供ができても大丈夫だと思うくらいには。
でも、パートナーは「働いてほしい」とずっと言っていました。
お金のためではなくて、私のため。
それは、日常会話から薄々気づいていました。
私たちは、同棲をし始めてから、家賃・光熱費をずっと折半で払い合っています。
外食の時だけ、私より稼ぎの良いパートナーに奢ってもらったりはあったけど、基本的に生活費については、かなり対等な立場にあったと思います。
それは、二人の意向。
年収は違っても、生活費を半分ずつ払うことで、「二人の生活」という意識が強まっていたのだと思います。
私はその関係性が心地よくて、自分の方が最近家事やってるな~って思ったら、「はいパス!」と、遠慮なくすぐに投げることができたし、
私が好きじゃない料理はパートナーがやって、パートナーが嫌いな掃除は私が、と、とても気持ちの良い生活が続いていました。
だから、私が会社員生活に幕を降ろしたとき、
「もう辛いから、傷つきたくないから、専業主婦にさせて」とお願いすることもきっとできました。専業主婦としてなら、家事は全部やる覚悟でした。
でも、言えなかったんですよね。
彼は仕事が大好きで大好きで、はたから見ると「なんでそんなに働くの?」ってくらい働いてます。
ブラック企業もびっくり、今日も朝6:30に出て行って夜遅くに帰ってきます。
月3休みくらい。さすがにバグってるとは思います。
でも、彼は独立してから、楽しくて楽しくて仕方がないと毎日のように話しています。(上手くいかないこともそれなりにはあるみたいですが。)
冗談か本気かは分からなかったけど、「あすかも個人事業主になれば?絶対合うと思うよ~」とよく言われていました。
彼は、働くことの楽しさを信じてるし、私が本当に楽しく仕事をしていた姿も見てきている。彼は、私のことをまだ見限ってなかったのです。
言葉にして具体的に交わした訳じゃないけど、それを受けとって、私は、
「これ以上傷つきたくない私に残された道は、
もうフリーランスしかない。働こう。」
と決めました。
残された道はフリーランスしかない
私は、もう人間関係で傷つきたくありませんでした。
大好きな仕事さえも、人間関係のせいで失ってしまった私。
もう、自分の言動で自分や他人を傷つけることはいい加減辞めたかったのです。
私に残された選択肢は、付き合う人を自由に決められるフリーランスという働き方。
しかし、金なし・人脈無し・実績なしの私が、いきなり独立することはなんともハードルが高かったのです。
色々考えていた時、ふと、友達のお母さんが取ったというキャリアコンサルタントという資格の名前を思い出しました。
4年間くらいやってた人事のキャリアと組み合わせれば、これならなんとか独立できるかも、と勢いで養成講座に申し込み。
養成講座に参加してすぐの頃は、本当にイキってました。
「自分、フリーランス目指す予定なんで、よろしくっす。フシュー...」
まるで、テニスの王子様の海堂薫のように。
こんなところで人間関係で失敗してたまるか、最初から誰とも付き合わねェ・・・と、心を完全にフル防備。
講義が始まって、最初の1,2回は誰とも話してなかった気がします。
それでも、周りの人たちが仲良くなり始めて、さみしくなり、結局自分から話しかけにいってた気がします。私のとっても可愛いところです。
すぐにクラスメイトと打ち解けて、本当にみなさんに良くしてもらいました。
私のことをやっと認めてあげられた
キャリアコンサルタントの勉強は、主に心理学の勉強をベースに進めていきます。
講座を受けていると、不思議とそれぞれの考え方に自分のことを当てはめて、
「ああ、だからあの時はつらかったのか」とか
「だから、あんな反抗的な態度が出ちゃったのか~しょうがないよ」とか
勝手に自分自身を癒していたような気がします。
こないだ、私がたまたま見かけたツイートなのですが、臨床心理士さんがとってもとっても素敵なことをつぶやいていて。
本当に、本当に、本当に、その通りだと思いました。
私は、心理学を学んだことで、人生最初の20年だけじゃなく、生きてきたすべての期間の
「こうあるべき」
「ちゃんとやらないとダメ」
「もっと頑張らないと」
「甘えるんじゃない」
「自分のせい」
を手放しはじめることが、少しずつできています。
今まで、心理学なんて遠い存在だったのですが、なんと尊い科学なのかと思いました。
心理学の勉強をきっかけに、心理カウンセリングなども自分で受けてみたり。
キャリコンの勉強を通じて出会った情報や人に、私は本当に救われました。
相談する側って、どんな悩みだとしても確かに困っていて、私からは些細な悩みだと思っても、相手は一大事だったりします。
その気持ちを受け止めてあげる。
一方的なアドバイスではなく、一緒にどうして行きたいかを考える。
なんて優しい考え方なんだろうか。
私は少しずつ、自分のことを自分で認めてあげられるようになり、そうすると、他人のことも認めてあげられるようになりました。
気付いたら、人の悪いところよりも、人の良いところに目が向くようになりました。
たまたま手をだした資格がこれで良かったのかもしれない、と思いました。
国家資格という肩書きや箔を取ることよりも、この内容を学べたことの方がかけがえのない資産になった気がします。
一人きりでビジネスを考えるのは、本当に孤独だった
養成講座に通いつつも、やはり新たな壁にぶつかりました。
私は誰を支援したいのか。
本当はどんな仕事をしたいのか。
私が本当にやりたいことって、何なのか。
勢いで選んだ資格だったが故に、肝心の、「私がやりたいこと」の内容が分からなくなってしまったのです。
会社員のときに事業づくりをしていた時は、同僚という仲間がいたけど、今はいません。
どうゆう分野が需要あるかなぁという相談くらいは周りにできても、正直なところ、事業づくりやビジネスについて同じ目線で話が出来る人が、周りにいなかった。
「独立したてのフリーランスって、めっちゃ孤独なんだ。」と思いました。
そんなとき、コーチングという言葉を知りました。
キャリアコンサルタントの勉強をしていると、自然と「カウンセリング」「キャリアコンサルティング」「コーチング」の微妙な棲み分け?というか、それぞれの種類について触れることがあります。
コーチング界隈の方の話は、キャリコンにも通ずることが沢山あって、特に気になったライフコーチの方たちのTwitterを、少しずつフォローし始めました。
あくまで私の中での印象なのですが、キャリコンの方より、コーチの方の方が、ビジネスに関心があったりビジネス系の発信をしている方が多いなと思いました。
調べてみたら、日本におけるコーチングって源流としては経営者とかマネージャー研修に使われていたものなんですね。なるほど納得。
私はコーチングについてはあまり知らなかったけど、誰かにビジネスの相談に乗ってほしいと、ずっと思っていました。
でも、私としてはいわゆる戦略コンサルティングをされたい訳じゃなくて、壁打ち相手にもなってほしいし、不安になった時に話を聞いてほしい。
訳わかんなくなっちゃったときに、
「そっかそっか。よし、一緒に整理してこう。」
と優しく話を聞いてくれる人が欲しい。
とぼんやり思っていました。
結局のところ、一人きりで「ビジネス」と「自分の人生を考えること」には、限界がきたんだと思います。
そんな中、現在のマイコーチ大高あみさんに出会った訳です。
▼あみさんのコーチングを買った話
自分の人生やキャリアのこと、悩みだけじゃなくて、ビジネスのことまで壁打ち・相談できるあみさんの存在は、本当に本当にありがたいなと思いました。そして、現在進行形で思ってます。
誰かにお金を払って頼ることは、悪いことじゃない。
フリーランスの事業づくりは自分一人きりでやるべきだなんて、誰も決めてないじゃん!
あみさんとのセッションが始まってからは、一気に私の中の「本当はこれがやりたい!」がどんどん出てきました。
事業づくりを経験してきた私でさえ、一人きりでできなかったのなら
あみさんとの2回目のセッションを始める前日、自分の中でカチッとはまった感覚、がありました。
いそいでスプレッドシートにメモを取り始めました。
対話支援者※向けの 商品設計コンサルティング×カウンセリングサービス
事業づくりやマーケティングを経験してきた私でさえ、一人きりで事業づくりが出来なかった。壁打ちも相談もしたかった。
実際に、お金を払ってビジネスのことを知っている同じ目線のコーチのセッションを受けたら、とっても楽になった。
しかも、ビジネス以外のことも、相談できる安心感、たるや!
これから起業・副業を始めたいと思っている人や、すでに起業・副業をしている人たちが、ビジネスのことで困っているならば、
それを一人きりで頑張る必要はないと思います。
世の中には素敵なサービスが沢山ありますが、人知れずなくなっていったサービスも沢山あると思います。
私は、せっかく考えたステキな事業・サービスは、ちゃんと誰かに届いてほしいなと思うのです。😊
ちょびっとだけマーケティングに詳しくて、ちょびっとだけ文章を書くのが得意で、謎の要領の良さで気付いたら割かしなんでもできて、自分自身も傷ついてきて、傷つけてきて、ギリギリで生きてきたヤツが、私が、ここにいます。
何かのご縁で、あなたのお手伝いができたら嬉しいなと思います。
てなわけで、私は元気です。
長くなっちゃったのですが、私は人生に大絶望してフリーランスになったけど、なんか結果的に元気に生きてるよ。というお話でした。
この記事を、遠いいつか、前職でお世話になった、大好きな人たちに見せられるといいなと思います。
もし、何かの流れで辿り着いてしまって、私のお世話になったあなたが気付いてしまったら、お願いです。まだ、そっとしておいてください。この記事で見たことは心の中にしまっておいてほしいです。
私はこれまで、きっと色んな人を傷つけてしまいました。
でも、それはこれからの行動で少しずつ挽回していけばいいと、やっと思えたし、今の私は会社員時代の私とは全然違います。
信頼できるマイコーチもいるし、信頼できる新しい友人たちもいる。
こんなだめだめな過去があったヤツでも、だ~い好きな人たちの力を借りながら、なんとかフリーランスでもやってけそうなんだよ
ってことが、この記事で伝わればいいなあと思います。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
私たち、もう飽きるほど頑張ってきたんだからそろそろ幸せになっちゃおうぜい。
おしまい。
中野あすか @nakano_asuka12
この「サポート」って機能、なんなのか知らなかったのですが、どうやらチップ的なものらしいです。いただいたら、新しい本とちょっと美味しいお米を買う資金にしようかなと思います!