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“自律”と“共同体”が交差する分散型組織 -DAOが生み出す新たなガバナンスモデル-

前回の記事では、NFTを中心に“デジタルデータにおける創作と所有の再定義”について掘り下げました。

ブロックチェーン技術がもたらす”唯一無二の価値”や、それを活用した新たなクリエイティブエコシステムについて解説しましたね。

今回は、その「分散型の可能性」をさらに広げ、“自律”と“共同体”を融合させた新たな組織形態——DAO(分散型自律組織)に注目します。

スマートコントラクトを基盤に、個人の意思とコミュニティの力で運営されるDAOは、既存のガバナンスモデルをどう変えるのか。

The DAO事件やイーサリアムの分裂騒動などの歴史を振り返りながら、DAOが抱える課題と可能性、そして未来の社会へ与えるインパクトについて探っていきましょう。


1. はじめに

ブロックチェーンの文脈でよく耳にするようになったDAO(Decentralized Autonomous Organization)という言葉。

これは、組織の代表者が存在せず、参加者全員が平等な立場で運営する組織形態のことです。

“自律”と“共同体”を組み合わせたような組織形態は、まるで未来のSF世界に登場する社会システムのようにも思えます。

ところが、このDAOはすでにWeb3時代のキーワードとして確固たる地位を築きつつあり、実際に膨大な資金を動かしたり、コミュニティが意思決定を行ったりする事例が数多く生まれているのです。

なぜ“コード”と“コミュニティ”で組織を運営することが可能なのか、その仕組みとインパクトを探っていきましょう。

2. The DAO事件とイーサリアムのハードフォーク

2-1. 2016年のハッキング騒動

DAOが世界的に注目を集めるきっかけとなったのが、2016年に起きた”The DAO”のハッキング事件です。

当時、このThe DAOはイーサリアム上で運営される投資ファンドのようなプロジェクトで、スマートコントラクトを使って資金の運用・配当を自動的に実行するという先駆的な試みでした。

ところがコードの脆弱性を突かれ、大量のイーサ(ETH)が不正に抜き取られる事態が発生し、約360万ETH(当時のレートで5000万ドル相当)が危機にさらされます。

この事件は「スマートコントラクトに絶対の安全はない」という衝撃と、当時世界最大級のDAOが破綻寸前に陥るという波紋を呼びました。

2-2. “Code is Law”とコミュニティ意思との対立

The DAOのハッキング問題を巡って、当時のイーサリアムコミュニティは”コードこそ法(Code is Law)”という理念を貫くか、あるいは”人間の合意で不正を巻き戻すか”で真っ二つに意見が割れました。

結果として、ハードフォークによって不正に送金された資金を“取り戻す”選択をした派が現在のEthereum (ETH)を継続し、それに反対した勢力はEthereum Classic (ETC)として分裂しました。

この騒動を通じて、DAOが”完璧な自律性”だけではなく、コミュニティの意志決定や合意形成を交えて成熟していく必要性が浮き彫りになったのです。

2-3. DAOが成熟へ向かう過程

この一連の事件は、DAOがまだ試行錯誤の段階であることを世界に印象づけました。

“技術さえあれば自律した組織が動く”わけではなく、コードの監査やリスク管理、コミュニティ内の合意形成をどう進めるかが重要だと痛感させられたのです。

しかし同時に、この騒動を経てDAOの概念はさらに議論が盛り上がり、より洗練された設計や運営モデルが生まれていくきっかけともなりました。

今では、The DAO事件を教訓として”人間の協調とコードをどう融合させるか”という本質的なテーマが大きく前進したと評価する声も多いです。

3. DAOのガバナンス構造

3-1. トークン投票による参加型ガバナンス

DAOと呼ばれる組織の多くは、トークン投票によって意思決定を行います。

具体的には、DAOが発行するガバナンストークンを保有している人が提案に投票でき、賛否の票数に応じて組織の方針や資金の使い道が決定されるのです。

これまでの株主総会のように、一部の権力者や大株主が実質的に支配する構造とは異なり、DAOでは誰でもトークンを保有すれば投票権が得られるというフラットな体制が理想とされます。

ただし、大口保有者(クジラ)が多くの票を握るリスクもあり、後述する“クジラ問題”を含めて調整が課題となるケースも存在しているのが実情です。

3-2. クアドラティック・ボーティングなどの革新的仕組み

一部のDAOでは、シビル攻撃(多重アカウント作成)や大口投票による支配を防ぐために、クアドラティック・ボーティングというメカニズムを導入しています。

クアドラティック・ボーティングでは、”1人(1アカウント)あたりの投票コストが投票数の2乗に比例して増えていく”ため、大口保有者が有利になりすぎるのを緩和できるという発想です。

こうした新しいガバナンスモデルは、“みんなが公平に意思決定に参加できる”よう工夫された設計が試みられており、分散型組織ならではの独特な工夫が進化し続けています。

3-3. フラットな体制と“流動的”な役割分担

DAOは、従来の企業組織のようにトップダウンで役職を決めるのではなく、プロジェクトごとに役割を割り振ったり、必要に応じて報酬を支払う仕組みが採用されることが多いです。

言い換えれば、”自分の得意分野や興味がある分野に、トークンを保有していれば誰でも参加できる”という流動的な働き方が可能になります。

会計やマーケティング、デザインなどのタスクをコミュニティメンバーが自発的に担い、成果報酬を提案・投票して決定する。

こうしたフラットな運営スタイルは、組織の硬直化を避け、柔軟に人材を活かす設計になっており、イノベーションを生みやすい環境だとも言えます。

4. 実例から見るDAOの魅力と可能性

4-1. DeFi運営DAOのインパクト:MakerDAO, Uniswapなど

DAOの成功事例として、DeFi(分散型金融)プロジェクトのMakerDAOやUniswapは有名です。

MakerDAOは、暗号資産を担保にしてステーブルコイン(DAI)を発行する仕組みをコミュニティで運営しており、金利や担保率といった重要なパラメータをガバナンストークン保有者が投票で決めています。

また、Uniswapは分散型取引所(DEX)を運営しており、流動性インセンティブプログラムの設計やプロトコルアップデートなどをコミュニティが話し合って決定しているようです。

これらのDAOは、数千億円規模の資金をコミュニティが管理している点で世界に衝撃を与えました。

明確な管理者が存在しないにもかかわらず、分散型ガバナンスによって大規模な金融システムが成り立っているのです。

4-2. クリエイター支援型DAO:Gitcoin Grantsなど

一方で、クリエイター支援や公共財の資金調達を行うDAOも注目を集めています。

その代表例がGitcoin Grantsです。

開発者やデザイナー、コミュニティ貢献者などがプロジェクトを提案し、コミュニティメンバーがクアドラティックファンディングによる寄付投票で支援先を決定します。

これによって、少額の支援でも多数の人が支持すれば大きな資金が集まるという仕組みが機能し、公共財的なオープンソースソフトウェアの開発が活発化しました。

このように、DAOによる協調的な資金配分が、新たな産業やイノベーションを生む可能性が高まっています。

4-3. 大規模資金を管理する“共同体”の衝撃

MakerDAOやUniswap、Gitcoin Grantsのように、DAOによって管理される資金規模は数千万ドルから数十億ドルに上る場合があります。

いずれも「誰か1人のリーダーが自由に動かせるわけではない」というのが大きな特徴で、投票プロセスを経なければ資金を動かせません。

にもかかわらず、世界各地の匿名のメンバーが協力して運用を成立させているという事実は、既存の常識を覆すものです。

大規模資金を共同体が管理しつつ、自律的に発展していく姿は、まさに「分散化されたガバナンスモデルの実証実験」として現代の社会に大きなインパクトを与えています。

5. “自律”と“共同体”が組み合わさる文化的衝撃

5-1. 命令ではなく“主体的に運営する”醍醐味

DAOにおける“自律”とは、”上司や経営者がいなくても組織が動く”というだけでなく、メンバー全員が主体的に行動し運営に関わるという意味合いがあります。

こうした“当事者意識”が生まれると、メンバーそれぞれが組織の目的に合致したアクションを自然と考えるようになるのです。

誰かにやらされる仕事ではなく、”自分ごと”として行動できる点がDAOの最大の魅力と言えるでしょう。

5-2. 合意形成と責任分担の新しい形

一方で、フラットな組織には”誰が責任を取るのか?”という問題が常につきまといます。

DAOでは、多数決によって決定が下された場合、その責任をどう共有するのかが曖昧になりがちです。

しかしこの点こそが、”合意形成は全員で担う”というカルチャーの醍醐味でもあります。

自分の投票や提案に対して、きちんとコミュニティ内で議論を重ね、賛同を得たうえで実行する。もし失敗すれば全員で学び、再度提案を修正してやり直す。

エラーやリスクを“組織全体”で受け止めるという新しい人間関係が築かれているのです。

5-3. サイファーパンクの延長線

DAOの自律性と共同体意識は、サイファーパンクやクリプトアナーキズムから続く”権力や中央管理者に依存しない”という精神の延長線上にあります。

自分たちが持つスキルやリソースを組み合わせ、ブロックチェーン上で動くスマートコントラクトを基盤として中央管理者を置かずに合意形成する。

まさにこの仕組みこそが、”共同体の力とコードによる保証”を組み合わせた分散型文化の本質といえるでしょう。

ビットコインが“通貨”を変え、イーサリアムが“契約”を変えたように、DAOは“組織”という概念を大きく書き換えていく可能性を秘めています。

6. 課題と批判:法整備、投票率、クジラ問題

6-1. 法的地位や有限責任化の難しさ

DAOは国や地域の法人形態に当てはまらないことが多く、法的地位が曖昧なまま活動しているケースも珍しくありません。

たとえば、メンバーがどこかの国で法的トラブルに巻き込まれたとき、DAO全体の責任がどのように問われるのかは、今なおグレーゾーンです。

一部のDAOでは法人登録を行い、有限責任化を試みる動きが出てきましたが、国際的な法整備が追いついていないのが現状といえます。

グローバルに展開するDAOほど、法的リスクをどうマネジメントするかが大きな課題となっています。

6-2. 低投票率の問題

意外かもしれませんが、多くのDAOで問題となっているのが”投票率の低さ”です。

トークンを保有している人全員が積極的に提案や投票に参加するわけではなく、投票に無関心な層も一定数存在します。

結果として、重要な意思決定がごく一部のアクティブユーザーによって行われる場合があるのです。

これを解消するために、投票にインセンティブを付与したり投票参加を促す工夫が行われていますが、「“民主的”と謳いながら実質参加率が低い」というジレンマは依然として課題となっています。

6-3. クジラ問題と集中化リスク

DAOの理想形はフラットなガバナンスですが、現実には大口保有者(クジラ)が投票権を大量に持つと、意思決定を事実上支配できるリスクがあります。

特にDeFi系のDAOでは、高額投資家が権力を握りやすい構造になりがちです。

これは既存の株主総会と同じような構図ともいえ、分散化の理想が崩れかねない問題であると認識されています。

クアドラティック・ボーティングなどの手段である程度緩和できるとされていますが、完全には解決しづらく、DAOの公平性をどこまで担保できるかは今後も議論の的となるでしょう。

7. まとめ

DAO(分散型自律組織)は、コードを基盤とする“自律”と、コミュニティの合意形成による“共同体”が融合した新たなガバナンスモデルです。

The DAO事件やイーサリアムのハードフォーク騒動を経て、技術面・運営面のリスクや責任をどう共有するかが課題として浮上しつつも、DeFiやクリエイター支援をはじめとした多彩な分野で大規模な成果が生まれています。

すでに数千億円規模の資金をコミュニティが管理する事例もあり、DAOは”社会や組織のあり方”を根底から変えうる存在に成長していると言えるでしょう。

次回は、サブカルや政治など、さらに幅広い領域で“分散型文化”が拡大することをテーマとして取り上げます。

「第7回:分散型文化が拡張するサブカルの世界と社会的ムーブメント」で、ブロックチェーンによる“分散化”が社会やカルチャーへどう波及するのか探っていきましょう。

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