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イーサリアムが拓いた“コード化”される社会 -スマートコントラクトがもたらす衝撃-
前回の記事では、望むものを“自分たちで創る”オープンソース文化が、ビットコインの黎明期を支えたことについて解説しました。
今回は、ブロックチェーンで“通貨以外の情報”を取り扱おうとした開発者たちがイメージする、”コード化”された社会について紐解いていきます。
スマートコントラクトで社会インフラになることを目指すイーサリアムに焦点を当て、中央管理者を必要としない”契約”が私たちにどのような影響を与えるのかを見ていきましょう。
1. はじめに
ビットコインは”中央銀行によらない通貨”の可能性を切り拓きましたが、その設計思想は主に”送金や決済”といった金融の機能に特化していました。
やがてコミュニティの一部から、”もっと多様な契約やサービスを、ブロックチェーン上で動かせないか?”という声が上がります。
その思いを形にしたのが、若き天才エンジニア、ヴィタリック・ブテリンが掲げた“ワールドコンピューター”構想でした。
そこから生まれたイーサリアムは、ブロックチェーンの可能性を一気に広げ、“コード化”された社会を実現する土台となります。
2. 契約を自動化する発想とスマートコントラクトの誕生
2-1. スマートコントラクトとは?
“スマートコントラクト”とは、ブロックチェーン上で自動的に実行されるプログラムとしての契約を指します。
従来では、契約というと「紙に書かれた文書を人間同士が合意し、必要に応じて法的措置を行う」イメージが強かったかもしれません。
しかし、スマートコントラクトではそのプロセスを“コード”で表現し、特定の条件が満たされれば自動的に処理が実行されます。
例えば、”Aさんが商品を受け取ったら、Bさんへの支払いが同時に行われる”という契約書をコード化すれば、人間の確認ミスや意図的な不正を排除しながら、瞬時に決済が実施できるのです。
これは、インターネットが情報伝達を革命的に変えたように、契約・取引のあり方そのものを根底から変える潜在能力を秘めています。
2-2. “契約=人間の合意”をコード化するインパクト
スマートコントラクトの革新性は、”社会やビジネスの合意形成”を機械的に保証できる点にあります。
通常、契約には仲介者や公証人、銀行などが介在しますが、スマートコントラクトを使えば第三者を通さずに取引条件をセットし、自動的かつ改ざん不可能な形で実行・管理できます。
これにより、コスト削減やトラブル防止だけでなく、地理的障壁や時間的制約を越えて新しいサービスが誕生する可能性が広がるのです。
保険金の支払い、不動産取引、サプライチェーン管理など、契約や合意が関係するあらゆる分野で、スマートコントラクトによる”自動執行”は大きな注目を集めました。
2-3. イーサリアムが生んだ“コードで世界を動かす”という哲学
ビットコインもある程度のスクリプト機能を備えていましたが、複雑な処理を行うには制約が多く、通貨機能に特化した設計でした。
そこで、ヴィタリック・ブテリンは”ブロックチェーン上で自由自在にプログラムを動かせるプラットフォームを作ろう”と発案し、2013年にイーサリアムのホワイトペーパーを公開します。
そこでは”ワールドコンピューター”という概念を掲げられており、あらゆる分散型アプリケーション(DApps)がブロックチェーン上で動く未来が提示されていたのです。
こうした背景から、イーサリアムではスマートコントラクト機能が実装され、ユーザーが任意のコードをブロックチェーンにデプロイできる仕組みを提供するようになりました。
“コードで世界を動かす”という挑戦は、まさにビットコインを超えた次なるステージへの飛躍を象徴しています。
3. イーサリアム初期コミュニティの盛り上がり
3-1. DevConやクラウドセールのエピソード
イーサリアムが本格始動する前、2014年には資金調達のためにクラウドセール(ICOの先駆けともいえる手法)を実施し、多くの支持者や投資家を集めました。
これによって集められた資金は、イーサリアム財団を通じてプロトコル開発やコミュニティ運営に充てられ、DevConなどのカンファレンスを開催する原動力になったようです。
DevConでは、世界中から集まった開発者や起業家が、イーサリアム上で動く新しいサービスやプロトコルを発表・議論しました。
そこにはオープンソース文化のDNAが色濃く流れており、ハッカソンやアイデアソンを通じて、エンジニアだけでなくデザイナーやアーティスト、法律家など、多彩なバックグラウンドを持つ参加者が交流を深めたのです。
3-2. 技術者以外にも広がるイーサリアムの魅力
イーサリアムコミュニティには、当初からアートや音楽、ファッションなどのクリエイターや、ビジネス機会を模索する起業家も多く参加していました。
これは、スマートコントラクトを使えば、“固有の価値”をデジタル空間上で扱えると期待されたからです。
例えば、デジタル作品の著作権管理やファンとのエンゲージメントを契約化する取り組み、あるいはソーシャルメディア上の投げ銭機能を自動化する実験など、技術者以外にとっても魅力的なプラットフォームとして機能し始めていました。
こうした異業種コラボレーションの盛り上がりが、イーサリアムの可能性をさらに広げる要因となったのです。
3-3. “コミュニティファースト”の文化
イーサリアムの初期は、ヴィタリックを含む主要開発者がリーダーシップを発揮しつつも、“コミュニティファースト”の文化が根付いていた点が特徴的です。
ビットコイン同様にオープンソースで開発が進められ、誰でもGitHub上でコードを確認・提案できるうえ、世界各地で自主的なミートアップが立ち上がり、自然発生的に翻訳やドキュメント整備が行われていきました。
「自分たちが欲しい機能は自分たちで作る」「コミュニティ内で助け合う」という精神が、イーサリアムの黎明期を支え、のちに多様なDAppsや新興プロジェクトが乱立する豊かなエコシステムを築く土壌となったのです。
4. イーサリアムの用途拡大とトークンエコノミー
4-1. 金融以外への応用事例
イーサリアムは、ビットコインに比べて格段に自由度の高いスクリプト言語(Solidityなど)を採用しているため、金融以外の分野にも応用が可能です。
例えば、保険契約を自動化するインシュアテック、不動産の登記情報をブロックチェーンで管理する不動産テック、ゲーム内アイテムの唯一性を担保するブロックチェーンゲームなど、あらゆる業界で”契約・記録の分散管理”が活用できる可能性が見いだされました。
このように、イーサリアムは単なる“暗号資産”に留まらず、社会のあらゆる契約やデータ管理をブロックチェーンに載せるという壮大なビジョンを具体化する“共通プラットフォーム”として位置づけられたのです。
4-2. “誰でもトークンを発行できる”衝撃とICOブーム
イーサリアムの大きな転機となったのは、ERC-20トークンの標準化です。
これは、イーサリアム上で新しいトークンを簡単に作成・発行できる規格を定めたもので、数行のコードを追加するだけで、誰でも独自のトークン(疑似的な暗号資産)を発行できるようになりました。
これが契機となって、2017年前後にはICO(Initial Coin Offering)と呼ばれるトークン発行による資金調達手法が急速に流行し、多くのスタートアップやプロジェクトが世界中の投資家から資金を募るようになります。
結果として、詐欺的な案件も多発し、規制の動きが強まりましたが、「国境のない資金調達」というコンセプトが強いインパクトを与え、トークンエコノミーという新しい経済モデルの萌芽が明確になったのです。
4-3. ユースケースの拡散による位置づけの変化
こうしたトークンエコノミーの台頭によって、ブロックチェーンは一般社会からも“暗号資産以外にも使える技術”として注目を浴びるようになりました。
ゲームアイテムやポイント、ファンクラブのメンバーシップなど、トークンが表現できる対象は多岐にわたります。
また、既存の企業や金融機関も、社内業務の自動化や国際送金の効率化などを目的にイーサリアムを試験導入するケースが出始め、“ブロックチェーン=怪しい暗号資産”というイメージが徐々に払拭されていきました。
ビットコインを発端とする”分散化”の概念は、イーサリアムによってさらに多様な社会領域へ広がり始めたのです。
5. まとめ
ビットコインの延長上で誕生したイーサリアムは、スマートコントラクトによってブロックチェーン技術をあらゆる社会領域に応用しうる技術へと押し上げました。
契約を自動化する発想は多様な業界に衝撃を与え、トークンエコノミーやICOブームを経て、ブロックチェーンの存在感は格段に高まったのです。
次回は、この技術が“所有”や“創作”をどう変えていくのかに目を向けます。
「第5回:デジタルデータにおける”創作”と”所有”の再定義 -NFTの爆発とデジタルアート革命-」で、ブロックチェーンがもたらす新たなクリエイティブエコシステムを探ってみましょう。