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KINGDOM HEARTS 音楽の研究

ひと昔前、趣味で書いていた KINGDOM HEARTS の研究記事です。すっかり使わなくなった Evernote に埋もれていました。マニアックなので興味ある人にだけ配ってたやつで、自分自身今見ても「誰が読むのこれw」という感じです。しかしせっかく書いたので、誰も見れない Evernote にしまっておくよりかはと、note の使い方の確認ついでに少しずつ公開してみます。

STUDY ON "KINGDOM HEARTS" Composed by YOKO SHIMOMURA

KINGDOM HEARTS の音楽世界 - 感情と世界観の音楽的形象化

❏要約

ーその魅力はフォームとオーケストレーション
 Kingdom Hearts (以下KH)の音楽が「感情と世界観」を音楽で表現するために行っているであろう、もっとも魅力的な点として、ここでは構成力の高い「フォーム」と、楽曲のコンセプトを明確に表現し、効果を最大化するためのダイナミックなオーケストレーションを挙げます。つまり楽曲自体の「構造」と、それを魅力あるサウンドとして物理的に表現するための実際的な方法についてです。

ポイント
・フレーズの繰り返しとヴァリエーションを用いる「メインコーラスーヴァリエーションーサブコーラス」という構成
・コーダルフォームとモーダルフォームによって、歌のメロディと器楽のメロディを使い分け、それぞれ感情&ストーリー、キャラクター&世界観を表現する
・デジタルな「加算的固定テクスチュア&リズム+メロディ」を表現するオーケストラ

以下、KINGDOM HEARTS における「フォーム」と「オーケストレーション」について考察していきます。

❏フォーム

 KHの音楽はフォームが明瞭簡潔にバランス良く構築されていることが特徴で、これは下村先生他の全作品に通底しています。シンプルなテーマ部分とヴァリエーション、無駄のない展開部分、それらのサポート部分といったように、各部分の役割に明確な定義を与え、記述的に構築されたフォームは、古典派音楽やジャズのビバップなどにも似た、非常に分析性を誘発する(分析欲求を刺激する)構築美を備えています。
 いわゆるポップスのAメロ、Bメロ、サビといったフォームではなく、特定のテーマとそのヴァリエーション、発展形で構成されるクラシカル・フォームに近い構成の楽曲が大半です。メインメロディの提示部分を「メインコーラス(A)」とするならば、その変化形は「ヴァリエーション(A’,A")」、その他の補助部分(イントロ、間奏、接続部分など)は「サブコーラス」とくくることができます。

発想イメージ図

メインコーラスを中心に据え、それを変化・拡張(ヴァリエーション)し、サポート部分をつけて整える、というイメージです。

楽曲類型として3タイプが挙げられます。
1.Chordal Narrative:コーダルメロディのドラマティックな発展に合わせたコードプログレッションがある
2.Modal Chordal : モーダル・コーダル(モーダルメロディ主体、機能和声によらないコード進行)
3.Minimal : 2の派生、2−8小節単位の短いモーダルメロディとそのヴァリエーションを繰り返す

1は独立したフォームとして、2と3は曲間でそれぞれ部分的に組み合わせて使用されていることが多いです。

❏類型1.コーダルナラティヴー感情とストーリーを形象化(物語的作曲法)


 下村先生のコーダルメロディはSingable=歌のメロディであり、ご自身が「直情的」と称するように、聴き手の感情をダイレクトに揺さぶってきます。メロディと和声進行によって、ゲームの登場人物の心とリスナー(プレイヤー)の心をリンクさせることに成功しています。その音楽は、多くのゲーム音楽に特徴的な「プレイヤーの心情に親身に寄り添う」というよりは、感情そのものを直截的に具象化し、一気にプレイヤーの感情を支配してしまうような、それほど強力なメロディを媒介として、ゲームとプレイヤー間の深いコミュニケーションを促す機能を果たす音楽なのです。このような構成のフォームは、ストーリーを語るように展開することから、Chordal Narrative(コーダル・ナラティヴ)と呼ぶことができます。
 このような強力なメロディを主体とするスタイルで想起されるのはモーツァルトやベートーヴェンなどの古典音楽、それにワグナー、ベルリオーズ、チャイコフスキー、ラフマニノフなどのロマン派、それにジョン・ウィリアムズですが、下村先生の強いメロディ性やオーケストレーションはこういったクラシック音楽や、JWの映画音楽に通じる部分があるのではないかと思います。JWも作曲面ではロマン派作曲家のライトモチーフの手法を取り入れ、オーケストレーションではホルストやヴォーン・ウィリアムズの影響を受けていると言われています。このように古典派ー20世紀後半の映画音楽まで通じる普遍的なメロディ性と、それを彩るオーケストレーション、楽器音色の活用法を凝縮したとも言えるようなスタイルが、下村さんの一番の魅力です。

 同じスクゥエア出身で印象的なコーダルメロディを書く植松伸夫師匠や伊藤賢治先生が、日本の歌謡曲やニーノ・ロータ、ジョン・バリー、ヘンリー・マンシーニといった、割とライトでキャッチーなポピュラー音楽にメロディセンス、楽器法、フォームの根を持つのに対して、下村先生はクラシックに根を持つであろう骨太で力強いメロディとオーケストレーション、フォームを駆使しており、お二人とは異なる魅力によってゲームファン、音楽ファンの心を掴んでいます。

例1 : Lazy Afternoons

[Intro]G
[A]Bar 5-12
G DonF# | F ConE | C | G |
G7onF | ConE | G A7 | D7onF# | 

[A’]Bar 13-20
Bm7(-5) | E | Am7 Am7(onG) | Gbdim7 |
Em BonD# | GM7onD A7onC# | C | D D#dim7 |

[A”]Bar 21-25
Em BonD# | GM7onD A7onC# | C | D |

[A]でテーマとなるモチーフが提示されます。[A'][A”]のメロディをよく観察すると、Aで最初に提示されたモチーフと同じ音形、それに音価やリズムに変化をつけた音形で構成されていることがわかると思います。

印をつけた音形とその変化形が[A'][A”]の中に見られる。

このように、メロディとハーモニー進行全体の流れがストーリーを語るように構成されており、クライマックスに向かって音楽が盛り上がっていく形式がコーダル・ナラティヴタイプの特徴です。

この曲の場合、テーマメロディとヴァリエーションで展開される[A][A'][A”]が「メインコーラス」にあたり、イントロとループ前の間奏は「サブコーラス」にあたります。曲によってはさらなるヴァリエーションが追加されたり、ちょっとしたキメや転調接続などのサブコーラスが間に挟まったりします。

例2 : Musique pour la Tristesse de Xion
この曲では最も盛り上がる[A4]の前に、短い転調的進行によって一呼吸置き、次の部分へのエネルギーを蓄えている印象を受けます。すなわち接続部分=ブリッジ。イントロ、間奏やこのようなブリッジ的部分を含めた補助的な部分をまとめて「サブコーラス」と一括くくってしまえば、楽曲構成の把握がしやすくなります。

ジョン・ウィリアムズ"Across the Stars”他、テーマ性の強い曲はコーダル・ナラティヴおよびテーマーヴァリエーション的手法の代表的名作であり、さらに遡ればテーマメロディの強い多くのロマン派音楽群、ベートーヴェンの交響曲などがこの類型のルーツにあたるでしょう。メロディの開始とクライマックスとしての帰結、それを運ぶハーモニーのカデンツに向かって直線的に音楽が展開していく形式です。

John Williams : Across the Stars

発想イメージとしてはバッハのコラールに例えることができます。ひとつの完結したストーリーとしての歌のメロディとハーモニー進行の全体の大きな絵が頭の中にあり、それらを機能和声を用いて単線的に丁寧に記述していくタイプの作曲法です。

❏類型2&3.モーダル、モーダル・コーダル=キャラクターと世界観を形象化(絵画的作曲法)


 コーダルのSingableなメロディに対して、モーダルメロディ、モーダルフレーズはよりInstrumental=器楽的メロディであるのが特徴です。ワイドな跳躍、分散和音や一定音形のリフレイン、並行移動、シークエンスなど、フレーズを歌わせるというよりは、固定されたハーモニー上で一定のルールに基づいて音を遊ばせるようなイメージで、よりメカニカルな操作が加わったタイプのメロディです。このような特定の音形や機能に特化した器楽的で「ファンクショナル(機能的)」なメロディに注目しましょう。
 また、コードが進行しているように見えても、I-Vの反復や、循環コードのループ、平行和音などを多用している場合は、モーダルな器楽的フレーズが乗っていることが多いです。そのようなフォームは、モーダルに近いコーダル・フォーム、つまり「モーダル・コーダル」や、「Contextual(コンテクスチュアル)」などと呼べます。
 下村さんの音楽では、コーダルメロディがダイレクトに感情とストーリーを具象化しているのに対し、モーダルメロディではキャラクターやステージ、状況、世界観を描いていることが多く、両者を明確に使い分けていることがはっきりわかります。特定のモード内で構成されたメロディ、ハーモニーのみを使うことで、その旋法が持つ雰囲気を効果的に使用し、キャラクターとステージの特徴を明確に描き出します。
 数小節単位のフレーズ、メロディをヴァリーションを加えながら繰り返してコンテクストを形成することが主眼ですので、コーダル・ナラティヴにあるような、カデンツやメロディの帰結におけるクライマックス的な緊迫感は少なく、それらは単にセクション感の接続や句読点として淡々と区切りをつけるだけのような印象です。全体の音楽の流れの緊張度に波があるコーダル音楽に対して、一定のテンションやグルーヴをキープする傾向があるのがモーダルフォーム全体の特徴です。

このタイプは4つの大きなカテゴリに分けられます
・キャラクターテーマ/ステージテーマ系 : モーダルメロディ強調型
・フィールド、シチュエーション系 : モーダル・コーダル、コンテクスチュアル型
・フィールド、シチュエーション系 : モーダル・コーダル、ミニマル型
・バトル、アクションミュージック系 : オスティナート・グルーヴ型

順番に具体例を見ていきます。

キャラクター/ステージテーマ : モーダルメロディ強調型


Sora
メインコーラス、テーマメロディ

D-ミクソリディアンのメロディ。伴奏はDメジャー固定。かなりアクティブな印象。

Kairi I

循環コードーEbM7 Ab | Bb7 EbM7 | Ab Bb | Ab Bb |というモーダル・コーダルコンテクスト上で繰り返されるイオニアンのメロディ。優雅さ、優しさに少し不安と切なさが交じるような少女的キャラクター。

上2つはそれぞれミクソリディアン、イオニアンというモードで構成されたメロディが登場人物の雰囲気を的確に表現しています。キャラクターのテーマソングとしての役割はモーダルメロディの部分が果たしているため、それ以外の部分は繰り返しやテーマ性の薄いメロディ(ハーモニーをなぞるだけの弱いメロディ)に徹した無駄のない構成です。

これらイオニアン、ミクソリディアンといった基本のチャーチ・モードの他にも、世界の特定地域を想起させるモードを使えば、ゲームのワールド・ステージの世界観を描きだすことができます。

A Day in Agrabah
0:33~ ヴァイオリンのメロディ

アラジンのステージのBGM。F-ハーモニック・マイナー系モード上のアラビア的メロディ。Ethnic Flute とありますがミス表記です。正しくは Violin。

フィールド、シチュエーション系(1) : モーダル・コーダル、コンテクスチュアル型

Working Together

こちらはミニゲームの曲。この曲のキャラクターを決定する明るく楽しげなイオニアンメロディ。
イントロから中盤まではこのメロディの繰り返しで、後半部はF-リディアンにモーダル・インターチェンジし、次のファンクショナルなメロディを繰り返す、2部形式のモーダル・コーダル「コンテクスチュアル」型です。
後半部、F-リディアンのモーダルメロディ。前半の動きの多いメロディに対してシンプルな音形、伸びやかな音色とアーティキュレーションで対比をつけている。

Shrouding Dark Cloud

ヴァイオリン、ウインドのメロディ
マリンバによる応答メロディ

この曲は、2つの互いに問いかけあうようなモーダルメロディの流れがメインです。他は途中ブラスの3連を並行移動で繰り返すブリッジ部分、ループ前の接続部分がありますが、いずれも連打やテーマ性の弱いメロディで構成された背景的効果に留まります。

以上のように、4−8小節単位のまとまったモーダルメロディの塊を中心に据えながらも、モーダル・インターチェンジを用いた2部以上の展開や、一部コーダルなセクションが混在しており、テーマ性を演出しながらも主張しすぎず、効果的に舞台背景的=コンテクスチュアルな効果を演出しているのがこのスタイルの特徴です。

こういった、「特定のモードによってキャラクターや世界観を描き出す」という手法は、ムソルグスキー『展覧会の絵』(オーケストレーション:ラヴェル)が古典的名作として有名です。モーダルなメロディによって、城や小人や鳥や会話や魔女などの「キャラクター」「状況」「映像」を絵画的に描き出しています。ジョン・ウィリアムズの ”Nimbus 2000” なども近いと言えます。
Nimbus 2000

フィールド、シチュエーション系(2):モーダル・コーダル、ミニマル型

このタイプは、繰り返しと音形操作、モーダル・インターチェンジの度合いがさらに増します。メロディはほとんど2−4小節程度にまで圧縮されます。
Hollow Bastion

メインのリフ

このフレーズを、テクスチュア・ヴァリエーション(リフの繰り返しで伴奏の奏法や量や密度、音色などに変化をつけること)を加えながら延々と繰り返すのがこの曲の特徴です。途中短いコーダルなブリッジセクションをはさみつつ、ユニゾンやカウンターメロディを加えたりしますが、基本的には常にこのフレーズのリフレインが頭に残るように設計されています。

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