「いつか隊長とジープ島に行くのが夢です!」
「いつか隊長とジープ島に行くのが夢です!」
そんなふうに言ってくれる友人も多い。
しばらく海外の旅は、行けないと思うが、
コロナ終息後、貸切で行きたいのがジープ島。
7月22日発売の新刊、「ようこそドラマチックジャーニーへ」で、ジープ島は数行しか書けなかったが、ここを舞台に「ミラタビ」を通して、今までやってないことをやってみたい。自分と向き合うには、もってこいの場所なのだ。都会にあるものはないが、逆に都会にないものが全てある、直径34mの小さな無人島。
ちょうど1年前、音信普通だったミクロネシア連邦、ジープ島の
開島者、吉田宏司さんから電話があった。
「貸切」を再開しようとした矢先、コロナの影響でミクロネシアは国境を
閉じてしまった。理由は明快だ。沖縄の離島と同じく、一人でも感染者が出れば医療崩壊は明確だ。
ジープ島を「地球探検隊」で貸切るきっかけは、吉田宏司さんが「旅するカフェバー」に来店したこと。そして、隊員(お客さん)を送り出す前に家族4人でジープ島に行って「やる」と決断できた。後にも先にも下見に行った旅は、ジープ島だけだ 笑。
※星になってる人文字が俺。Eに娘たち2人がいる。撮影:フォトグラファー宮地岩根さん。この時はドローンではなく、凧に一眼レフを取り付けて撮影した。
そして、今年、22歳と20歳になる娘たちが行った海外はジープ島と経由地のグアムだけだ。最初に行ったのは、長女、未空(みく)が中2で次女、七海(なつみ)が小6の時。それ以来、長女は3回、次女は2回、ジープ島に行っている。今思う。本当に娘たちと一緒にジープ島に行って良かったと。
コロナが終息したら、まず、息子、颯馬(ふうま)と美香と3人で行きたい。
共感した吉田宏司さんのインタビュー記事をシェアする。「地球探検隊」のコンセプトと一緒だ。隊員(お客さん)は俺にとって家族であり仲間なのだ。
吉田さんは、ゲストのために2つだけ小屋を建てた。
「個室がないのは、雑魚寝させたかったから。
隣で寝ている人の匂いまで感じてこそ、
お互いを気遣えるようになる。
僕はこの島に来る人はみんな“家族”として扱います。
だからわがままは言わせない。
雨水しかない島だから、
シャワーはバケツ一杯の水しか使わせない。
物の豊かさはわかりやすいけど、
心の豊かさはわかるのに時間がかかる。
この島のように、360度全てを見渡して、
どうしても必要な物を少し持ち込むだけでいい。
あとは助け合い、分け合える、それが島の距離感です」
(2011 年9月号 BRUTUSインタビューより抜粋)