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怪異蒐集 『祭らない日』

■話者:Nさん、会社役員、50代、男性

 Nさんが生まれた村は、二つの山に挟まれた谷のような土地にあった。

 村では梅雨の季節に祭りがあった。神輿が出て出店が並ぶ普通の祭りだ。変わっているのは、開催場所の神社が隔年で変わることだった。
 ある年は片方の山の神社で、翌年は反対側の山の神社で。それを交互に繰り返す。二つの神社は同じ系列で、入口は村を横断する通りで結ばれていた。祭りが行われない神社の前には大人が立っていて、間違えて来た人に「今年は反対側だよ」と教えてくれた。

 Nさんが小学三年生のときのこと。
 先に祭りに向かった友人に追いつこうと通りを走っていると、逆方向に走る子供とすれ違った。今年はそっちじゃないのになぁ。そう思いながら振り返ると、神社の前にいるはずの大人がいない。
 子供は鳥居をくぐり、神社の奥に駆けていく。Nさんはとっさに子供を追いかけた。走っているうちに、子供が着ているのが浴衣ではなく、白い着物であることに気づいた。
 子供を追って神社の奥に来ると、拝殿の前の地面にぽつんと神輿が置かれていた。子供は神輿に駆け寄って、胴にある扉をあけて中に入った。

 あんなとこ、入れるんだ。

 唖然としていると、神輿の中から祭囃子が聞こえてきた。それがとても楽しそうで、Nさんはつい中を覗きたくなって、扉に手をかけた。そのとき、
「おーい」
と誰かが呼ぶ声が聞こえた。
 声の主を探してあたりを見回すと、谷を挟んで反対側の神社に祭りの人混みが見えた。その中から、誰かがこっちに手を振っている。
「こっちじゃないよ」
 振り返ると、神輿の扉が開いて子供が顔を出して、無表情にNさんを見ていた。子供がカクカクと口を動かすと、口の中の真っ暗な空間から、ねじれたような祭囃子が聞こえてきた。
 Nさんは叫び声をあげた。
 すぐに神社の入り口に立っていた大人が走ってきて、祭りの詰め所に連れて行かれて叱られた。
 子供の話をしたが、みんな困った顔をしただけだった。
 昔から祭りをやっていない神社では色々と変な体験をする者が出るので、誰も入らないように見張っているのだと、大人のひとりが教えてくれた。

「神様が向こうに行っとるから、妙なもんが入りよる。まあ、たいしたもんじゃないから気にせんでもええ」

 と赤ら顔の老人に言われ、帰された。

 次の日に起きると、「夜中に変な口笛を吹くな」と姉に文句を言われた。
そんなことがしばらく続いたが、気がついたらおさまっていたという。


■メモ
・向かい合った山にそれぞれ同じ系統の神様を祀る神社があるってこと?(水鳥)
・なんか変な立地(朱音)
・こんな感じで向かい合ってる神社って他にある?(水鳥)
・例えば同じ山を御神体にしてて、両側に山を向いた神社がある場合は、向かい合ってると言えなくもない(亜樹)
・なるほど(水鳥)
・でも今回は逆だよね(亜樹)
・逆? あ、同じ道で繋がってるってことは、向かい合ってるんじゃなくて逆を向いてるんだ(水鳥)
・だからそれぞれの山が御神体ってことなんじゃないかな(亜樹)
・なるほど×2(水鳥)
・違う神社が同じお祭りをやるってのは普通?(朱音)
・上賀茂神社と下鴨神社みたいに関係の深い神社がお祭りを共同でやったりするケースは幾つかあるよ(亜樹)
・そんな珍しい話じゃないのか(朱音)
・あ。これ、入口が同じ道でつながってるってことは、参道を共有してるってことだよね? それも珍しくない?(水鳥)
・共有参道っていうのはあるけど、同じ方向に関係性の深い神社がある場合に途中まで参道を共有するってもので、今回みたいに同じ道の両端に別の神社があるってのは聞いたことないなぁ(亜樹)
・これ、神様が参道通って西に東に行ったり来たりするんですかね、隔年で(朱音)
・参道って参拝する人だけの道じゃなくて神様も通るっけ(水鳥)
・神輿で担がれて通るじゃん?(朱音)
・あそっか(水鳥)
・今回の話も神輿が出てくるよね。こういう立地の場合、神輿どう動くんだろ(亜樹)
・神社Aを出てまっすぐ進んでそのまま神社Bへ(朱音)
・シンプルだな(水鳥)
・御神体は山っぽいし、まっすぐ道を通すことで一方の山の力をもう一方の山にも渡す、みたいな意図はあるのかも(亜樹)
・ところで、途中で「おーい」って呼んだのって神社の神様?(水鳥)
・私もそう思った。悪いのに引っかかりそうになってしょーがねーなって助けてくれた感じに(朱音)
・人に混ざって祭り満喫してたんかな。なんかのんびりっていうかほっこり(水鳥)
・怪異に対する大人たちの反応ものんびりしてるし、そんな土地柄なのかもね(亜樹)


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