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『自殺者の霊が、同じ場所で自殺を繰り返す』 この手の怪談はよくある。先日、小夜が仕入れてきた怪談もその系統で、飛び降り自殺者の霊が同じ場所で飛び降りを繰り返すというものだった。テンプレと言ってもいい話だ。 でも小夜の話にはひとつだけ、テンプレと異なる箇所があった。 * 五月も半ばを過ぎて、吹く風は綿毛のようにあたたかい。海は凪いでいて、いつもは等間隔に並んでいるサーファーの姿も、今日はほとんど見えなかった。かわりにシロギスを狙う釣り人の姿がちらほらと。
一週間のうちで一番やる気が出ない、木曜日。 読みかけのミステリを開いてみたものの、文章がさっぱり頭に入ってこなくて、さっきから同じページを何度も読み返している。向かいの水鳥はヘッドホンで両耳を塞いで、開いたノートの上に突っ伏していた。ヘッドホンを片っぽ持ち上げると、JUSTICEのStressが大音量で流れていた。 「この曲でよく寝れるな」 「えげつない低音聞いてると眠くならない?」 「わかるけど悪夢見そう」 私と水鳥はたいていの木曜がそうであるように、大学の図書
夜明け前。 真夜中と朝のちょうど中間くらいの時間。 空の碧が一番濃くなる時間に、街を歩く。 夜の街を歩くのが好きだ。 目的はなくて、ただ単に、夜を歩くことが好きなだけ。 寝静まった人気のない商店街を覗いたり、 コンビニのガラスに並んだ雑誌の表紙を眺めたり、 河川敷に座って対岸の灯を眺めたり。 そんな風に寝静まった街並をふらふらしながら、 夜の断片を拾い集める。 歩く人なんてほとんどいない。 すれ違うのは猫ばかり。 真っ黒な影絵のような街。 誰もいない交差点で点滅する
気がつくと、夜の森の中に立っていた。 あたりには背の高い木々が等間隔に並んでいる。夜空は天窓のように遥か高いところにあって、そこから覗き込むような満月が見えた。うっすらと霧が立ち込めているせいか、視界は青く煙っている。森というより、湖の底にいるみたいだ。遠くから耳鳴りのように聞こえてくる虫の声は、金属の鱗を持った魚たちが立てる、警告のように聞こえた。 ――ザクッ。 そう遠くない場所で、尖った音がした。茂みの向こうにちらりと動くものが見える。木陰からそっと覗き込む