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「人ではなく、コト」という美学。
皆さん、こんにちは。中村です。
今日は私が常に意識してきた「美学」について書こうと思います。
まあ”美学”なんてたいそうなものではなく、もしかしたら「考え方」というジャンルなのかもしれませんが。
少なくとも20代の頃からずっと心掛けてやってきていることです。
もし時間が許せばどうぞお付き合いください。
私は39歳までサラリーマンをやっていました。
それなりに多くの人と一緒に仕事をしてきた方ではないかと思います。
初めてリーダーになったのは25歳の時。
まだまだ経験も実績も、そして能力も乏しい若手の頃です。
チームは私の他に7名。その中で年上は2名。あとの5名は年下のチームでした。年下といっても 1〜3歳しか違わない年下なので、まあだいたい同じ年頃ですね。
そのチームの「年上の部下」のひとりがよく「遅刻」をしてきたのです。
正直言いにくいのですね。年上ですし、2年先輩ですし。
そこで悩むわけです。「ひよっこリーダーとしてどうするべきか」って。
歳は関係なくリーダーとして叱るべきだ!と考える自分。
そうは言っても年上だから 諭して遅刻しないように言うべきか。と考える自分。
もうひとつ、そうは言っても「仲良く」やっていきたいと思う自分。
結局いろんな人に相談した挙げ句、「叱るべきだ」という結論に。
そして彼が次に遅刻をしてきたその瞬間に
「何やってんですか!ホントいい加減にしてくださいよ。
そんなんだから年下に使われるんですよ!」
と叫んでいました。
まるで爆発したように、
感情的に強い言葉でみんなの前で言い放ったのです。
その5日後、彼は会社を辞めました。ちょっとショックでした。
あれから辞めるまで 会話という会話をしていなかったし、少し彼を遠ざけていた自分がいたこともわかっていました。
だけど、ショックでした。
その後そのことを考えるようになりました。
上司は「仕方ないよ」と言ってくれたけど、
もう少し違う行動と結果がなかったのだろうかと考えるようになりました。
その時の自分は「仕方ない」とはまったく思えなかったのです。
自分は何がしたかったのだろうか。
「リーダーは嫌われてナンボ」という人もいたけど、私はそうは思わなかった。
どこをどう考えても仲間に「嫌われる」ことで良いことなんかないって思ってた。好かれる必要はないのかもしれないけど、嫌われると弊害が出ると思ってた。結果として 嫌われるだけで、本当に自分がチームで実現したいことが遠のく気がした。
「叱ることが必要」だと言う上司もいた。「叱れない奴はリーダーになれない」という先輩もいた。「叱ると怒るは違う」といってくる人もいた。
でも僕は、「叱る」ことはただの手段に過ぎなくて、
必要なのは「遅刻をしないようになること」だということはわかっていた。
そう、問題は彼がしょっちゅう「遅刻」すること。
リーダーとして僕がすべきだったことは、彼の「遅刻」を無くすことで、
彼を追い詰めることではなかった。
そこで目的と行動の原理を知った。
仕事をしていると「問題」にぶち当たる。
プライベートでもそう。人はよく「人の問題」にぶち当たる。
私はこう思うのです。
年齢も性別も国籍も関係なく、人として みんな対等だと。
誰が偉いわけでもない、誰が強いわけでもない。
誰が上でもないし、誰が下でもない。
ただ組織の中で「役割」があるだけ。
ただ組織の中で「役割としての上下」があるだけ。
当時の自分の「リーダー」というのも役割。
今の社長というのも役割。
役割は役割。舞台で言うなら「役」ですよ。
その役を演じるためのものにすぎない。
役が就いたから偉くなったわけじゃない。
役が就いたからって、人を否定できるわけじゃない。
誰しも人格を否定することなどできない。
その時の「遅刻」の件。
私がした「ダメだったこと」は、
「人として否定してしまったこと」。
私がすべきだったのは、
彼という「人」を否定するのではなく
「遅刻」というコトを叱ることだった。
年上と年下。リーダーと部下。人と人。
リーダーとして遅刻という「現象」を無視できない。
それはチームとしての結束も成果も遠ざけるから。
だけどそうだからといって「人としての否定」から生まれるものは何もない。悲しい気持ちが募るだけだ。
何よりも、年上に怒鳴る自分がカッコ悪いと思った。言うことを聞かすための方法が「怒鳴ること」なんて無能なことだと思った。
そう、僕はそういう押さえつけが大嫌いなタイプだった。
先生にだって食ってかかったことも何度もある。上から押さえつけられることがあんなに嫌だったのに、その「嫌なこと」を社会に出て たった数年の自分がしていることに恥ずかしさすら覚えた。
そして辞めてしまった彼に謝りたかった。彼が遅刻している要因に向き合おうとせずに、感情的に批判したことを謝りたかった。
その経験から生まれたもの。
その経験をしたことで私の中で生きる美学が生まれた。
(25歳の頃の)私が考える “素敵な大人“ は、そう考え行動するだろう。
そしてそれを正々堂々と、声高らかに表現するだろう。
自分がそれを目指すこと。そう行動できるようになることが、素敵なことだと気付いた瞬間だった。
①「人」としては誰しも平等だ。
上司も部下も先輩も後輩も男も女も日本人も外国人も年上も年下も、人としては平等。
公平ではなく平等。みんな大切にされなくてはならない。
②「役職」は、役割(ポジション)でしかない。
役割だから指示系統の上下はある。責任範囲の違いがあるということで、それ以上でもそれ以下でもない。
③問題が起きたら「人格」ではなく「コト」に目を向ける。
遅刻をした「人」に目を向けるのではなく、遅刻をした「コト」に目を向ける。
目的は「遅刻をした人を責めること」ではなく、「遅刻をした」コトを改善することに集中する。
④まず考えるのは「何が目的か」ということ。
何を実現させたくて今自分は「怒っている」のか。それを考える習慣が大事だと思った。目の前の「現象」に反応しないで、心の中に「一時停止ボタン」を押す。
そして考える。「何が目的なのか」を。
⑤「だから絶対言わない語録」の誕生。
これを言わないと決めたことが、その後の人生に大きな意味をもたらした気がします。
そして、「その言葉」は「何も生まない」ということを理解できたことも大きい。
実は僕の「だから絶対言わない語録」は、25歳の頃から始まって結局今でも時々追記するような“大掛かりな“ものになっていきました。
僕にとっては ひとつひとつに意味があって、自分の気づきメモのような存在になっています。
今日はそのうちの一番最初に書いた言葉(25歳の頃のもの)をピックアップしてお届けしようと思います。
中村の「だから言わない語録」 ※今70以上ある言葉の中の「はじめの一歩」
・だからお前はダメなんだ。
人は失敗するもの。失敗から学ぶこともある。
ミスをしたら叱ることはあってもこの言葉だけは使わない。
なぜなら「叱る」目的は「次にうまくいくため」でなくてはならないから。
ミスした瞬間の苛立った感情をぶつけても、その目的はなし得ないのだから。
人ではなく「コト」を改める。
私にとって、「人ではなくコト」という言葉はとても深いのです。
ビジネスにおいても同じことが言えると思うし、人間関係や信頼関係においても同じだと思うのです。
どちらかというと私は失敗をよくする人間です。
大きな損を出してしまったことも一度や二度ではありません。まあ挑戦している証だと自分では思うようにしていますが。。
「コト」とはつまり、現象です。
遅刻もそうだし、ミスもそう。
一生懸命にやって失敗したら「一緒に失敗と向き合う」。
知っているのにやらなかったら「叱る」。
知らないことでうまくいかなかったら「教える」。
すべては「次にうまくいくように」が目的。
現象に遭遇して、その現象に反応しないで
きちんと目的と向かい合える大人。
それが25歳のいまいちリーダーだった頃の僕の目指すものになった。
今の僕。そんなそんな大人になれているかというと、まあ自己評価で70点くらいかな。現象に反応してしまうことが振り返ってみるとまだ少しあるかな。
でもそれはまだ挑戦できるってことだし、100点満点に向けて学びなさいってことだと思う。
そして、その時に辞めてしまった年上の部下さん。
あれから9年後、僕が人事の仕事をしているときに、リクルーター向けのある企業展で会いました。偶然に。
彼はDIYの中堅企業の人事課長になっていて、その会社のブースに座っていました。私は彼を見つけて近寄り、いろいろ話をして名刺交換もしました。
あの時会社を辞めたのは学生時代にアルバイトをしていた今のDIY会社から誘われていたからだったそうです。あの件で踏ん切りがついたのだと。
そして遅刻の原因。彼は当時不眠症で、睡眠促進剤を飲まないと寝れなかったそう。どうしても薬が効きすぎて起きるのが辛かったと言っていました。
「じゃあ辞める前にそう話してくださいよ〜」と僕は笑って言ったけど、
話しにくい空気を作ったのは僕だということもわかっていました。
「あの頃は若くて無礼ですみませんでした」という彼に僕は、
あの頃の自分の未熟さをまた痛感したのでした。
ちょっとした昔話のようになってしまいました。
今日はこのへんで終わります。
またお会いしましょう。