『IPPON!』脱稿まで打ち合わせあと何本!?(3)|原作付きマンガ一緒につくろう計画
前回(2)に引き続き、第0話の冒頭、競技場でアーヴィーくんが投擲をするシーンの解説です。
当該シーンの原作全文とネームの通しは毎回冒頭に置くようにしますが、内容を覚えている方は直接、解説の段まで飛んで頂いて問題ありません!
(原作テキスト)
◯熊谷スポーツ文化公園陸上競技場・砲丸ピット
T「現在 東日本医科学生対抗大会(東医体)陸上競技部門 男子砲丸投」
投擲ピットの中のアーヴィー。アーヴィーの左横顔。右首に砲丸を押し付けている。筋肉のつき始めた体に、静かに力を溜める。伝う汗。グッと屈み込み、右足でサークルの縁を蹴り出す。体が後ろ向きに跳ぶ。着地した右足を捻り込む。反転する体。
(アーヴィー視点で)青い空、眩しい光。
響き渡る声「アーヴィー、イッポン!」
(アーヴィー視点で)空にまっすぐに伸ばした左腕を、思い切り体に引きつける。反動を使いつつ、右手に持つ砲丸を思い切り突き出す。手から離れる砲丸。スナップを利かせる手首。
吠えるアーヴィー。
ドッと沸くスタンド。
会場アナウンス「砲丸ピットにご注目ください。ただいまの投てきは、北関東大学医学部、花本選手。好記録が期待されます。結果は……」
*第0話の原作全体をおさらいしたい方は『(1)第0本(プロローグ)原作テキスト』で再読できます。
(通しネーム)
ここからネーム解説
さてさて、解説に移ります。
これは、マンガの正解を設定した“ネームの作り方指導”ではなく、私の組んだネームの解説(なぜこうしようと思ったのかを解体して説明)している記事です。
だから、「いや、自分だったらこんなネームは切らない」「このネームの書き方は間違っていると思う」という方と競り合うものでも、答え合わせをするものでもありません。
ここにあるネームは作り方の正解とは限りませんから(このネームを切った私でさえ状況が変わればまったく別の作り方に転じることもありますし)、自分のネームの作り方と違う時にも「自分のやり方は間違っているんだろうか?」という疑いは深めずに、まずはご自身で作りやすいように作り続けて「これなら作りやすい」という感覚と出会うことが何よりだと思います。
『P3』部分のネームと原作
【P3に含まれている原作シーン】
筋肉のつき始めた体に、静かに力を溜める。伝う汗。グッと屈み込み、
P2の『比較対象表現は1コマで終わらない』の段でも触れたところですが、引き続きP3でも【筋肉のつき始めた体に】を意識して描きたいところです。
足元に重心がかかっている感じを表現しようとしているのは暫定です。ひとまずここでは、体のどこかに重く静かな力が加わるように描きたい、というメモ書きがてらこうなっていますが、投げ始める直前に集中して力を込める部位がどこなのかを取材した上で、確定を出すのが適切だと思います。
静かに溜まった力は絵で見えるのか問題
テキストのほうが手短に片付く表現、絵がついているほうが手短に片付く表現、それぞれ存在します。たとえば「そこへ一万人の軍勢が現れて」みたいなものは、一万人に見える軍勢を描かなければならない絵よりはテキストのほうがパッと表現できますし、一方で「そこにはありえないほど奇抜な形状のツボが置かれていた!このツボの形状こそがミステリーを解く鍵になるに違いない!」みたいなのは奇抜な形状を言葉で説明するのは結構大変なので(デザインさえできてしまえば)絵のほうが伝わるでしょう。
…じゃあ【静かに力を溜める】は、どっちなのか…。
悩みどころですね。
物語を静謐なディティールで仕上げたいなら、読者さんの感受性と想像力にお任せしてテキストで伝えたほうが手軽に思えます。
「アーヴィーは、静かに力を溜めた。」というのを読んでくれた人が、各々頭の中でオリジナルの静かに力を溜めた情景を思い浮かべてくれたらクリアできるので。
余談ですが“静謐”とかも文字のほうが、フォントが明朝体とかメリハリの多い端正な字体なら、伝えやすいと思います。丸めの可愛い文字で“静謐”な雰囲気の表現に挑むくらいなら、絵で頑張るほうが楽かもしれませんが(笑)
漫画を仕上げる際にはテキスト部分のフォントに何を持ってくるかというのも、とても大事な要素ですね。
【静かに力を溜める】を表現する作品が、エフェクト(オーラとか波動とか爆風とか光とか)を多用してもいいテンションのマンガなら力を溜めた部位に何かエフェクトを添えれば伝わるのかなという気もします。…が、“静かに”という出力設定にどこまで忠実になれるかは難しいハードルです。
これがもし「アーヴィーはモーレツに超激烈な爆裂パワーを全身に漲らせて力を溜めた!」とかだとシンプルな演出に決めたりすると思うんですが。パワー溜まりましたドンッ!って感じの。