【1分小説】セミぎらい
ぼくはセミが嫌いだ。
ミンミンジージー騒がしいし、近寄ると恥じらいもなくおしっこを垂らしててじたばた飛んでいくし、だいいち、顔がいけない。
変にしわしわしてて、触覚なのか、何なのか、ぴょんと飛びでた出っ張りやら、ギトギトした丸い目やら、全体的になんだかゾワゾワして、直視できない。
ぼくはセミが嫌いだ。
仰向けに転がってるからといって、油断して横を通ろうものなら、縮めたバネが一気に伸びるみたいに、一瞬で跳ね起き、半狂乱で暴れまわる。
夏の夜道であのヒステリーをくらった日には、こっちがおしっこを漏らしてしまいそうなほどで、友達の家から帰るときなどは、いつもビクビクおびえてしまう。
ぼくはセミが嫌いだ。
あんなに空に憧れて、体の形まで変えてしまって、やっと少し空に近づいたのに。
最期は、生まれ育った場所を、故郷である地面を見つめながら、あおむけで静かに死んでいくなんて、キザだ。
横たわっているセミの横を、そろそろと忍び足で歩いて、もう一度、今度はズカズカ音を立てて歩いてみても、ピクリともせず、故郷を見つめて、静かに横たわっているときの、あの寂しさ。
あんなにうるさかった並木道もすっかり静かになり、合唱団の団員たちは、みな静かに横たわっている。
うすら寒い、秋の空気を含んだ風が、未だむき出しの素肌を撫でる。
もし、彼らが秋の紅葉をみたら、どう思うだろう。
だんだん枯れて落ちていく葉っぱと、自分を重ねたりするのだろうか。
冬のしんしん降り注ぐ雪を見たら、どう思うだろう。
春の柔らかい空気に包まれたら、どうだろう。
そうして、さみしくなってきた頃にまた夏になり、ミンミンだジージーだと騒いで、じたばた不格好に飛び始めるのだ。
うるさいなぁと思いがら、どこか安心して、嬉しくなって、おしっこをかけられても、「その調子だ!がんばれ!」と逆に応援してしまうほどで、自分で自分が見ちゃいられない。
ぼくはやっぱり、セミが嫌いだ。