養護学校でよかったこと
私の障害が脳性麻痺と分かったのは3歳になっても歩かなくて、祖母がずいぶんと医者まわりをしてくれて、ようやくわかったらしい。生まれたのは山形県の庄内地方。
両親は農家で忙しく、冬は両親そろって出稼ぎに行っていたのでほぼ祖母に育てられたようなものだ。
学齢になって小学校に通うが、やはりみんなについていけなくて、さらに冬になって雪が降るともう通えなかった。同級生が給食のパンだけ持ってきてくれた。
小学2年からは小学校の校長先生の紹介で、県に一つの養護学校に入ることになり、高校卒業までの11年間寄宿舎生活。だから実家は帰る場所となった。養護学校に行ってよかったことの一つは、食生活である。給食含め毎食管理栄養士が考えた献立を食べていた。当然似たようなメニューの繰り返しで、当時は嫌だったけれども成長期にバランスの取れた食事をしていたのは、今割と丈夫に暮らせていることと無関係ではないと思っている。
母曰く、夏休みで実家に帰ると痩せて帰ってのだそうだ。貧しかったのだ。おやつなど記憶にない(笑)。
高校卒業と同時に上京したので、家族とはほぼ暮らしていない。寂しいなあと思うことはあるけどこれも仕方あるまい。
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