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鼻手術体験記 〜失われた香りを求めて〜

3月4日、意を決して副鼻腔炎の手術を受けてみました。
以下はそのとき綴った日記をまとめたものです。ご興味ある方、ご笑覧ください。人生はすべてがネタでできている。

写真は鼻じゃなくて花。
手術前日に近所の公園を散歩して撮影してきたものです。

◆ニオイがわからない!?


じつはコロナ禍になる少し前くらいから、ニオイがわからなくなっていた。
だがコロナ禍に突入し病院にも行きづらくなり、気になりつつもそのまま放置していた。
すると昨年のGWあたりに、急に鼻づまりが酷くなってしまった。「ついに来たかー、花粉症!」と思い、薬局でアレグラ買って飲んでみたり、近所の耳鼻科にも行ってみたが、スッキリ治らない。

意を決して昨年6月、嗅覚障害専門の病院に行ってみた。あれこれ検査された結果、衝撃の事実が発覚!!
CTの画像見せながら、院長先生はドヤ顔でおっしゃったのである。
「これは相当ひどい副鼻腔炎です」

ええええええ? そ、そうなの??
たしかに、普通の人なら黒く写るところが、私の場合は真っっっ白け。つまり、何かが思いっきり詰まっているということらしい。
「どうしてこんなになるまで放っておいたのか?」と問いただされ、困ってしまった。いやそんなに言われても…少なくとも今までは鼻詰まりで苦しかったこともなかったし、ただ匂いを感じなくなっただけなんです〜〜。

「あの〜〜原因はなんでしょ?」と恐る恐る聞いてみたけれど、
「それは今はまだわかりません。あなたのこと、まだ全然知りませんから」
……たしかに、そりゃそうだよね。

そして、がぜん張り切り始めた先生は毅然としておっしゃった。
「これから考えられる限りの方法で治療をやっていきます。それでも治らなかったら手術です…本当は今すぐ手術してもいいくらいなんですけどね」
ひええええ〜〜〜〜っ、す、すぐはやめてください。

そして半年ほど、投薬治療を続けてみた。おかげで鼻炎の症状はかなり改善したが、ニオイは相変わらずわからない。むしろ、どんどんわからなくなっている気がする…で、結局手術することに決めたのだった。

◆今日こそ、その日(3月4日)

なにせ人生初手術である。ドキドキである。
2週間前から毎日検温せねばならず(忘れた日は劇場が測ってくれました♪)、不要不急の外出は避けねばならず(御園座とKAATは不要不急に当たらずと判断)、当日朝のPCR検査に引っかかったら全てがパァという関門に次ぐ関門。何とかクリアして、本番にこぎつけることができた。

まな板の上の鯉、手術台の上の千晶。
本番はワタシ的には秒で済んだ。
当たり前だよ、全身麻酔だもん。

でも、この副鼻腔炎界隈ではなかなかに難易度高い手術だったらしく、10時に入室して終わったのが12時半ぐらいだったとのこと。
で、意識が戻ったのが13時半ぐらい。
それからしばし、痛みと慣れない口呼吸で悶え苦しんで、家族や友人にLINEで連絡できたのが15時頃だった。

そういえば夢を見た。
詳しくは忘れてしまったけれど、どうやら私は人気の公演のチケットを何とかゲットしようと必死になっていたようだった。それで麻酔から覚めたときも何だか物凄く必死な気分で、
「あれっ?? ここはどこだ?? …そうか私、手術受けたんだった。無事に終わったんだ」
と、状況を把握するまでに5秒ぐらいかかった。にしても、この期に及んで見る夢がこれかよと自分に呆れた。

手術直後は鼻も痛かったけど、歯の周辺が痛かった。なんだか、ものすごい力で噛み締めた後のような痛みなのだ。看護師さんに聞くと「手術中に歯を食いしばったからでは」とのこと。そっか、知らないうちに頑張っていたのね私。

でも、夕方には痛み止めも効いて元気で夕食もバッチリ完食。
先生には「手術はうまくいきました。全部キレイにしました」と言われ、取ったポリープも見せてもらえた。大が2つに小が1つ。小の方が、ニオイを感じるあたりにできていたものらしい。この子たちはこれから病理検査に回されるそうだ。
で、この日は一泊入院した。病室はなかなかに快適だしヒマなのでこんな日記を綴っていたのだった。

本当は自撮りした写真でもご披露したいところだが、鼻の穴に詰め物をした顔を友人にLINEしたら爆笑されたので、やめておきます。想像でお楽しみください。

◆決意の理由(3月6日)

子どもの頃、百科事典(昔はどの家にもあった)の「びょういん」というページ、とくに「しゅじゅつしつ」の絵が怖くて見られなかった私。だから今回のことはよく決意できたなぁと我ながら思う。

担当の先生は当初から手術一択。だけど、薬で鼻炎の症状だけはかなりおさまっていたので、この調子で嗅覚も戻らないかしらと淡い期待をしていた。
このまま投薬治療だけで行けないものだろうかと恐る恐る申し出てみたが、それで嗅覚が戻る可能性は低いでしょうというのが先生の見立てだった。そして「もし、そういう治療をご希望なら他の病院に行ってください。貴方のために、他に手術を待っておられる患者さんの対応が遅れるのは困る」と、ビシッと言われてしまった。
キツい一言だったけれど、おっしゃる通りである。今思えば、それもまた私の背中を押してくれた一言だったかも知れない。

もちろん、このままの生活を続けることもできる。視覚や聴覚に比べると、嗅覚は「なくて困る」場面は圧倒的に少ないからだ。でも淋しい。花の香りやコーヒーの香り、香水の香りが人生から失われてしまうのはやはり淋しい。
このまま諦めれば怖い思いはせずに済むけれど、それは人生に対する諦めであり、緩やかな退却であるように思えた。いっぽう手術を受けることは「香りが取り戻せるかも知れない」という一筋の希望だ。この希望があること自体に、救われるような気がした。どうせならその希望に賭けてみよう、そう思ったのが決意の一番の理由だった気がする。
ダメかもしれない、でも可能性はある。そのこと自体に人は力をもらえるのだと知った。よくミュージカルなんかで明日への希望を歌っちゃったりするけれど、やっぱり希望って大事なんだな。

当日は私の他にもう一人、手術を受けた人がいたようだ。私にとっての人生の一大イベントは、先生にとってのルーティン、しかも1日2名のうちの1人なのだ。もちろん、だからといって疎かにできるわけもない。そんな真剣勝負をルーティンとして日々こなしておられることに、ひれ伏したい気分である。
それに比べると私のやってきた仕事っていったい何なんだぁ、これまで不要不急なんかじゃないと突っ張ってきたけど、ほんまに不要不急かも知れない、そんなことも思ってしまった…。
だが、人生という舞台でも、人は与えられた役を全力で生き抜くしかない。そして不要な役はひとつもないはずだ。ならばせめて、これまで以上に私の役を誠心誠意努めるしかないのだろう。

通常だと1週間程度入院した方が良い手術ということで、退院後も守らねばならぬ生活上の注意が多い。
室内でのデスクワークは7日から、ということなので、この日はダラダラのんびり過ごした。確定申告まだ1ミリもできてないけど、まっいーかー。

◆経過順調♪(3月9日)

手術から5日を経過。
ずっと鼻に詰め物した状態だったけど、出血もほとんどなくなり、今日は日中は詰め物なしでいけそうな気配(だだし側にティッシュは必携)。

微熱が出るかもと聞いていたけど、今朝はすっかり平熱。禁酒してのんびりしているせいか、いつもより元気なくらいだ。
毎食後は処方された薬を飲み、鼻うがいをする。そうすると細菌感染することもなく傷が次第に癒えていくのだからすごい。医術ってまさに匠の技だ。

困ったのは、夜なかなか寝られないことだった。特に手術直後は鼻の綿球が出血ですぐに真っ赤になっちゃうのと、口呼吸が苦しすぎて夜中に何度も目が覚める。もともと喉が弱くて、口呼吸塞ぐために毎晩口にテープ貼って寝てたぐらいなので、喉がやられてしまうのも心配だった。
そこで寝床をあれこれ工夫。まず血液などが逆流しないよう、座布団やらタオルケットやらを作って上手いこと傾斜をつけて枕を高くした。
当面は低めの温度で暖房をつけたまま寝ることにして、その分布団は薄手のものに。喉を潤すための水筒などもそばに置き、マスクをして寝るようにした。
そうしたら昨晩は夜中3時ごろに一度目覚めたのみ、かなり熟睡できるようになってきた。喉も今のところ大丈夫そうだ。
(注:暖房は部屋の空気を乾燥させるそうです。加湿器などで調整する方が良かったのかも)

まぁこうやって自分の身体を観察しながら、試行錯誤していくのは嫌いじゃない。そういうとき、ああ生きてるんだなって実感できるから。
ただ、この気力を失ってしまった時が問題なのだろうと思う。今回はそもそも自分で決めたことだし、食欲などはあるのだから気力が十分なのは当たり前。これが命に関わる病気だったりしたらメンタルも弱るだろう。そういうとき、いったい何が支えになるのかは考えてしまうところではある。

さて、今日のミッションは確定申告仕上げること。粛々とこなし、午後には無事に提出できた。めでたしめでたし。

◆鼻の奥の宇宙(3月11日)

この日、術後二度目の処置。
シリコンプレートを全部取ってもらった後に副鼻腔洗浄してもらった。
詳細な描写はここでは控えるけれど(笑)一言で言うなら、鼻の奥には広大な宇宙空間が広がっていると知り、深い感動を覚えている。

経過は極めて順調で、粘膜もキレイに回復しつつあるみたい。
ただ、とったポリープの病理検査の結果、今どきのトレンド疾患、再発しやすいと言われる「好酸球性副鼻腔炎」が確定してしまった。これからは一病息災で気をつけて過ごそうと思う。
ともあれ、スッキリしてだいぶ楽になった。普通に呼吸できるってほんと素晴らしい。


そして翌朝。

起きてカフェオレを淹れてみたら、ずっとわからなくなっていた香りがいきなり漂ってきた!!!

ちょっと信じられなかったので、香水やらアロマオイルやらもくんくんしてみるが、前のようにはっきりと感じることはできない。まだ100%は戻ってはいないようだ。でも、確実に昨日までとは違う。

午後、近くの街に散歩に出かけたら、店の前ごとに違う匂いがすることに、またまた衝撃を受けた。まるで香りの世界を新たに知った美雪のようだ。←イマココ

さて、今年の誕生日は「香りのわかる女」に生まれ変わって迎えられるでしょうか?

◆最終回『今夜、フレグランス劇場で』(3月24日)

11日の術後の処置(2度目)以降はすっかり元気になり、観劇ペースもあっという間に通常運転に。
14日の週は3本、21日の週は2本といきなり飛ばしまくってしまった。いずれも良い舞台ばかりだったから良かった。

そして手術から3週間目の今日は、執刀医の先生のチェック。
おかげさまでかなり順調らしく、先生も満足げだった。ステロイドの投与も少しずつ減らしていけそうだ。

ただし、嗅覚のために必要な亜鉛が相変わらず不足しているらしい。
亜鉛補充の錠剤も飲んでいるのに増えないのは、おそらく吸収力が弱いのだろうとのこと。
亜鉛の吸収を促してくれるタンパク質やクエン酸を取れるよう、肉にレモン汁をかけたり、ご飯に梅干しを添えるなど勧められた。
これからは食事を工夫してみようと思う。
なお、コーヒーとお酒は亜鉛の吸収を妨げるらしいです(涙)

おかげさまで、匂いはかなりわかるようになってきた。

コーヒーを淹れるときに漂ってくる香り
番茶の葉の香ばしい香り
香水の香り
イチゴの甘い匂い
カレーのスパイシーな匂い
……etc.etc.

食事のときも、
「うちのぬか漬けって、こんな匂いしたっけ?」
「ブイヨンのスープってこんなに肉の香りがするんだ!」
などと、驚くことが増えてきた。

まさに『今夜、ロマンス劇場で』の美雪姫ならぬ『今夜、フレグランス劇場で』の千晶姫といったところ(笑)

しかし、逆にいうと今までは食事の味わいも相当に単純化していたっていうことだ。
一度失ってから、改めて取り戻してみると、失っていたものの大きさに愕然とする。おそらく、失っていくときは毎日本当に少しずつだったから、その大きさに気付くことができなかったんだな。

そんな私にぴったりの誕生日プレゼントを妹がくれた。
なんと、アロマ用のディフューザー!
「こころ晴れやかアロマ」っていうブレンドのオイルも一緒だ。その名のとおり、朝の瞑想タイムにぴったりの爽やかな香りである。

せっかくだからもう一つぐらいオイルの種類を増やそうと思い、無印良品のオイル売り場へ行ってみた。
ラベンダーだの柚子だのヒノキだの、あれこれ試してみる……嗅ぎ分けられるようになった自分にただただ感動である(涙)(涙)(涙)
そして、自律神経を整える作用があり、寝る前に使うのがおすすめという「スイートマジョラム」というオイルを買ってみた。

日常生活の中で意識して匂いを嗅ぐようにすることは、嗅細胞を活性化させ、嗅覚のトレーニングになるらしい。これを機会に、アロマの世界を少し楽しんでみたいなと思っている。

思えば私、今までは五感の中でも嗅覚はないがしろにしてきてしまった。
もともと自分の嗅覚に対して自信がなかったから「どうせ私は香りのわからない女だし」と開き直って、ずーっと無関心のままだった。
今回の一連のことも、その報いかも知れないという気がする。

でも、それじゃダメなのだと、今回のことでつくづくわかった。
人間、与えられた力を雑に扱っちゃいかん。
これからは、もっと大事にしよう。諦めずに磨く努力をしよう。そして、「香りのわかる女」を目指そう!

きっとそれが、人生を豊かにするってことなのだ。
(おしまい)


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中本千晶
いつも応援ありがとうございます。STEP by STEP!!