村弘氏穂の日経下段 #56(2018.5.5)
営業で手にした名刺を怪人とライダーに分けホルダーに挿す
(東京 織部 壮)
名刺を手にする機会っていうとほぼ初対面時だから、そうそう長い商談時間は設けられないだろう。つまり熟々とした本当の戦いは次回以降ということになる。営業戦士はそれまでの限られた時間内に戦略を練らなくてはいけない。その第一段階での、一目瞭然のファイリング術は大きな武器となることだろう。それは脈アリと脈ナシの仕分けか。それとも直観をもとに敵か味方かを仕分けたのかもしれない。そのプロセスで作者は洞察力を駆使して、怪訝感を抱かせた相手を怪人ポケットに、正義感の強そうな相手をライダーポケットにファイルしたということか。初対面時の営業相手は、なかなか素顔を見せてはくれないものだろう。その場は見せ掛けの仕草や、建て前の発言、そして商売用の顔で接している可能性もあるのだ。ある意味、相手は仮面をつけて商談をしているのかもしれない。その矯飾を剥ぐ作業の中で仮面ライダーを持ち出すことで、大人の世界の科学的な営業心理と少年の遊び心の対比が鮮やかに生まれた秀作だ。職場詠というとどこかネガティブな印象の作品が多いんだけど、この作品は怪人とライダーを上下にきれいに分かち置いたことや、下の句の旋律や押韻も心地良くてポジティブな爽快感さえある。営業戦士の仮面をつけた作者は、歌人でもあり、科学者でもあり、オートレーサーでもあるのかもしれない。