#74 創業者のセカンダリー売却について~長距離走のために~

スタートアップは短距離走に見せかけた超長距離走

スタートアップを立ち上げるというのは、人生をかけた大きな挑戦だと思う。実際、上場を目指すなら最低でも数年単位、時には10年以上の道のりになると考えるべきだと思う。

一方で、スタートアップは資金調達のサイクルによってマイルストーンが細かく区切られ、それぞれのフェーズは短期のスプリントのようにも見える。サービスを立ち上げた直後は、次の資金調達までにPMFを証明しなければならないし、そのためにかなりのスピードで動き続ける。ある意味、長距離走と短距離走を同時並行で走っているような状態だと感じる。

しかし、長期的に見れば、創業者の個人的なキャッシュフローは必ずしも潤沢ではないことが多い。上場して初めて株式を売却できる、という前提でスタートアップを進める場合、そこに至るまでの資金繰りは意外に厳しい。しかも家族がいるなら家計も支えねばならない。そう考えると、上場前に創業者がある程度株式を売却してキャッシュを手に入れる、いわゆる「セカンダリー売却」は選択肢として十分考えられるものだと思う。

とはいえ、日本においては「上場前に創業者が自社株を売るのは後ろめたいことだ」という印象が少しまだ根強い気もする。確かに節操なく大きな額を売り抜くことは良い印象を与えないかもしれないが、ある程度のキャッシュを手元に置いておくことは、むしろスタートアップの長い旅路を走り抜くうえで重要だと私は考える。


長距離走を走るために経済的土台の必要なときもある

セカンダリー売却の是非を考えるとき、まず浮かぶのは創業者個人の経済的基盤の問題だと思う。家族を養っている場合や、個人の生活費が逼迫していて、精神的に追い詰められている状態で事業を続けるのは非常に厳しいと考える。マズローの欲求5段階説でいえば、生理的欲求や安全の欲求が満たされていない状態だと、本来のミッションやビジョンに集中することは難しいと思う。

そしてもう一つ、創業者にある程度現金があることで、後々に起こりうる「株の買い戻し」などの場面に対応しやすくなるというメリットもある。たとえば共同創業者との株式構成に問題が生じたときに、キャッシュがあれば柔軟に調整できるかもしれない。あるいは会社の事業ドメインが変わるときに、一部の株式を買い取って整理する必要が出る場合もある。こうしたときに資金が用意できるかどうかは、事業を健全に成長させるための大きな差分だと思う。

(一方でギリギリだから頑張れる論っていうのも否定はしない特に家族などもなく、使うお金も限られている場合はそういった場合もあるだろうが、それを10年やるのはあんまりおすすめはしない)

日本のスタートアップ界隈では、「創業者がお金を先に得るのはけしからん」という暗黙の空気がある気がする(なかったらすみません)。しかし、これは必ずしも合理的ではないと考える。むしろ健全に考えれば、創業者が生活防衛をある程度確保しつつ、長期的なビジョンにコミットできる形を整えるのは自然だと思う。スタートアップは一瞬の華やかさがあればそれでいいわけではなく、顧客が満足するサービスを継続的に提供し、社会へのインパクトを狙う長い道のりだ。そこにスタミナ切れは禁物だと思う。


難しいのが具体的なタイミングと金額の目安

では、具体的に「いつ」「どのくらい」のセカンダリー売却を行うべきか。これは当然、正解がない分野だと思う。私自身も「こうしたほうがいい!」と言えるほど単純なテーマではないと感じる。ただ、いくつかの目安を挙げることはできると思うし、そういった基準感があったほうが起業家も安心して交渉できる気もするので一案として考えてほしい。

まず、大前提としてPMFが見えていない段階でのセカンダリー売却は慎重に考えるべきだし、自分は反対ではある(どうしても渡したいエンジェルに渡すとかは別)。PMFが明確になっておらず、事業の存在意義や方向性がまだふわふわしているタイミングで大きく株を売ってしまうと、創業者自身のコミットメントに疑問符がついたりする可能性がある。まあ株価も低いのでもったいない。何より投資家や社員からの信頼も大事なので、走り出しのところで売りに出るのはあまり良い印象を与えないとは思う。

一方、PMFが見え始めて、シリーズAやBを通過してバリュエーションがある程度上がっている段階なら、セカンダリーの選択肢はより現実味を帯びてくると思う。たとえばバリュエーションの0.5%-1%でかつ、ディスカウント少しいれたりするのは基準感としてはどうだろうか。Valuationが20〜50億円程度の場合、創業者が0.5-1%程度の株を売却すると1000〜3000万円ほどのキャッシュを得られる可能性がある(ディスカウントいれるならその度合にもよるが)。50〜100億円程度になれば、その範囲も5000万円〜1億円ほどになる。もちろん厳密には投資契約や各種条件によって前後するが、目安としてはこんなイメージを持っておくと良いと思う。

その背景には、創業者が数千万円〜1億円程度を現金で持っていることで、日々の焦りや不安をある程度和らげられるという心理的効果が大きいと思う。スタートアップにフルベットしている状態では、それこそ自分の給与を極端に低く抑えたり、生活がギリギリになったりするケースも珍しくない。そこに多少のゆとりがあれば、経営判断を誤る可能性も下がると考える。私自身、経済的なストレスは思考を狭める大きな原因だと思う。


VCの視点と長距離走という考え方

ここで見逃せないのは、VCがセカンダリー売却をどう捉えるか、という視点だと思う。多くのVCは、スタートアップに大きな成長を期待して投資している。彼らとしては、早期のM&Aによってそこそこのリターンを得るよりも、グロースして企業価値が何倍にもなるのを待ちたい。

もし創業者個人が日常のキャッシュ不足に苦しんでおり、「小さく売ってしまおうか」「短期で利益確定してしまおうか」という誘惑に駆られると、VCにとっては不安材料になる。会社がまださらに伸びられるのに、創業者の生活苦を理由に早期M&Aに流れてしまっては、社会に残るインパクトも限定的になる。VCからすれば、創業者が意欲を持って長距離走を走り続けてくれることこそが望ましい。

だからこそ、ある程度のセカンダリー売却をVC自身も容認するケースは増えていると思う。おそらく、創業者の生活が安定することで集中力やモチベーションが高まり、結果的に企業価値の最大化を目指せるなら、そのほうがVCにとってもプラスだと考えるはずだ。

これは、お互いがWin-Winの関係を築くための一種の「リスクヘッジ」でもある。マズローの低次欲求を早めにクリアしておくことで、高次欲求——すなわち事業ミッションの実現や社会への影響を大きくするビジョン——に邁進できるのだから、合理的な選択肢なのではないかとも思う。

要するに、セカンダリー売却は「逃げ」ではなく「先行投資的な自己防衛」という見方をしてよいと思う。それが創業者の精神的なゆとりを生み、さらに長い戦いに耐えうる経営体制を築く原動力になるのであれば、むしろポジティブな意味を持つはずだと感じる。そこで折れてしまうなら起業家として大きくできる器がなかったことになる。


ただ別に売らなくてもいい、選択肢があることを知るのが大事

結局、セカンダリー売却には「これが正解」と断言できる答えはないと思う。PMFの手応え、事業のフェーズ、投資家との関係性、創業者個人の家庭事情など、さまざまな要素を総合的に勘案する必要がある。

ただこの相談ができずらい環境に起業家がいる場合は問題だと思う。そしてこういう話はあまりソーシャル含めてお金の話なのでできづらい可能性はある。そのためこういう選択肢があることを知らない起業家がいるとしたら良くない。オプションがあることを知ることは大事だとは思う。(結論相対取引なので、やりたいとおもってもできないこともあるので)

スタートアップは一瞬の爆発力だけでなく、長期にわたり社会に新しい価値を提供し続けることが本質的なゴールだと考える。創業者が苦しい状態で走り続ければいいのかと言われれば、そうではないと思う。家族の安心も含めて、本当にやりたいミッションを続けるための体制を整えることがスタートアップにおける「持続可能性」の一部であるし、超長距離走のためにも需要なのだと思う。

セカンダリーの議論が活発になってきた今のなかで、こういった創業者株の議論もより今後出てくるのではないかと思って書いてみた。


Appendix:FF株の日本版とかあれば良いのかもしれない(あったらすみません)

実際に調べていくなかで、下記のファイナンス・プロデュースさんの記事などは非常に参考になたし、FF株という方法があるのは恥ずかしながら自分は知らなかった。そういったスキームも日本で発明していく必要性があるのかもしれない。下記がざっとした内容。優先株に一部を転換できることによって売却しやすくする仕組みのようだ。こういったスキームが日本でもでてくるかもしれない。

この点、米国では、創業期において、創業者の持株の1割以下などFF株として保有し、レイター期の資金調達がover-subscribe(調達予定額を超える投資の希望があった)したときに、そのときの優先株に転換できるFF株という仕組みが存在します。

例えば、創業期にFF株 5%を発行しておき、シリーズDで創業者の持株比率3割だったとして、10億円調達予定、投資家から11億円の投資希望があったとします。

こうした場合、創業者が保有していたFF株式1億円分数%の株式をシリーズD優先株に転換します。

創業者は1億円のキャッシュで、自身のライフプランの不安を減らして中長期の大型IPO等による企業価値最大化にコミットします。

10億円の調達枠に参加できなかったVC分の投資枠を優先株で確保できます。(https://note.com/ncorn/n/n7622d482c960

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