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私、吉本ファンですねん

「次は吉本ファンについて考える」と前回を締めたが、写真でお分かりのとおり「伝説の一日」のダウンタウンの漫才に触れないわけにはいかず、ここから話を始めたい。

僕はダウンタウンのファンである。それも筋金入りのファンだ。なんてったって元マネージャーなのだから。
芸人のマネージャーとは、その芸人を世界一好きで、且つ世界一客観的に批評できなければならないと思っている。ただのファンなら前者だけで良いのだろうけど、ダウンタウンのファンは一筋縄ではいかない。それぞれが「ダウンタウンの本質を一番理解できてるのは私だ」と思っている。もちろん僕もそう思っている。なんたって元マネージャーなのだから。
とは言っても、彼らは実に客観的に自分を見ている。TV番組収録中でも、喋りながらもう一人の松本人志、浜田雅功が守護霊のように客観的に見ているのだ。トップクラスに上り詰めた芸人は皆これができている。そこが、一流かそうでないかの違いだとも言える。
それを如実に見せつけたのが、今回の伝説の一日での漫才だったと思う。38のエレベーターマイクの前に立ち、4,800円の入場料を払った1,000人と2,400円のチケットを買ってオンラインでご覧になっている数万人のお客様の前で、松本が投げかける言葉に反応して浜田が投げ返す、そのスピードとコースを、もう一人の松本と浜田が、お客さんの反応を見ながら瞬時に最適解に修正していく。これを漫才と言わずして何を漫才というのだ。

ネット上では、「これじゃガキ使のフリートークだ。漫才が見たかった」とかいうSNSでの批判とそれに乗っかったこたつ記事が出回っていたが、正に噴飯ものである。

漫才になる前は萬歳だった。

葛飾北斎 三河萬歳

こんな感じで、音曲とともに門付けでお祝いするというような芸能だったのだ。それを玉子家円辰という人が舞台用にアレンジして寄席で演じられるようになる。
昭和初期に、そのスタイルを全く変えたのがエンタツ・アチャコだ。都市部に増えてきたホワイトカラーに合わせて、着物ではなく背広姿で、僕という一人称と君という二人称を使い、サラリーマンの日常会話に出てくるような話題を中心に喋りだけで構成したのが、いまの「漫才」の原型だ。勿論、当初は異端扱いされて「そんなん萬歳やない。歌唄え」とか野次られたらしい。

エンタツ・アチャコ

漫才とは、姿形を変えながら時代にアジャストしてきた演芸なのだ。戦後の大人気漫才師の中田ダイマル・ラケットさんも、若い頃には舞台の上でボクシングを取り込んだネタをやったりしてたのだ。つまり、形式美を排して、伝統芸能になることを拒んだ常に新しい芸能が漫才だ。
M-1でマヂカルラブリーが優勝したときも、「あれが漫才か?」論争があったが、そもそもその論争自体ナンセンスなのだ。

そうだ、今回は吉本ファンとは何かという話だった。ずっと考えているのだが、まだ分からないのだ。僕が吉本興業出身だと言うと、「私、吉本ファンなんです」と仰る方が結構いらっしゃるのだが、話してみると、どうもうっすいファンだったりする事が多いのですよ。逆に、かなり若手の吉本芸人事情に精通されている大企業の経営者の方がいらっしゃって驚かされたりする。
吉本ファンって、ひょっとすると巨人ファンみたいなものかとも思ったりする。東京ドームのみならず甲子園まで遠征するような熱烈なファンから、球場には行ったことないがTVでやってたら観る程度のライトなファンまでいて、野球チームの中で一番ファンが多いからアンチも多い。お笑いを野球にに置き換えたら、意外にも阪神ではなく巨人になってしまった(笑)

大﨑さんと話していると「オレより吉本の事よう知ってるなあ」と言われることがしばしばある。勿論、辞めて7年も経っているし、吉本興業HD会長より僕が吉本のことをよく知っているわけがない。吉本のニュースは事業であれ芸人のことであれ気になるし、テレビで面白いなあと思った芸人が吉本だったらホッとするし、他社だったら少し口惜しい気持ちになるというやや行き過ぎてはいるとは思いつつ、いつも僕は「吉本ファンですから」と答えている。

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