『鳴釜爺ちゃん』
ある日、突然大釜が鳴り出して、小一時間も鳴っていたので、驚いた人々はその釜を『釜鳴神』として祀ることにして、以来、このお話は『鳴り釜』と言われる。
というお話に登場する釜が、とある場所に展示されているのを見ました。正確にはその『鳴り釜』の複製とのこと。岩手県遠野でのことです。
何とは無しに釜の中身を覗き込んでみると、そこには小さな白いお爺ちゃんが、今しがた昼寝から起きました、おはよ、おはよ、くらいのぽやぽやした空気で鎮座ましましていました。
もちろん寝ていたはずもなければ、いくら大人一抱えくらいの大きさとはいえ釜の中にすっぽりと全身入れるはずもなく。けれど決して悪い感じはしない雰囲気で、その釜の中に居たのです。
おっとりとした空気に一層「どちらさま…?」と疑問に思いつつ、はてはてと引き続き具合を見ていると、そんな私の視線に気づいたらしいお爺ちゃんは、にこにこつやつや満足そうに微笑んで、何度もうんうんと頷いています。
釜のすぐそばに置かれていた、冒頭のキャプションを読んでなお「このお爺ちゃまは一体……」と疑問が消えはしませんが、何にしたって釜を気に入ってそこにいて、すっかり幸せそうに過ごしているのなら、きっと悪いようにはされないでしょうし、きっとこれからもお幸せですねぇ、なんて、気が付けば私もうんうんとお爺ちゃんと一緒に頷いてしまっていたのでした。
そんな出会いから数年後。ふと、釜のお爺ちゃんのことを思い出し、今はどうしているのかな、と、展示されていた施設のホームページを覗いてみました。現在は別の施設の企画展の為、そちらへ移設されているとのこと。今頃は、普段と違う珍しい景色を、けれど普段の通りにぽやぽや微笑んで楽しんでいるのかもしれんません。
いつかまた会えたら、改めて「うんうん」と言い合ってにっこりしたいですね。ぽかぽかの縁側でお茶飲み友達になれたら嬉しいです。
今日もお読みくださりありがとうございました!