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ペルソナ的世界【1】

【1】ペルソナ、豊かな倍音を響かせる意味のポリフォニー

 探究を始める前に、ペルソナというテーマの個人的な“出自”について、確認しておきたいと思います。

 かつて、仮面の原器としての顔をめぐる文献を渉猟した際、坂口ふみ著『〈個〉の誕生──キリスト教教理をつくった人びと』第2章「ヒュポスタシスとペルソナ」の議論を援用したことがありました(「仮面的世界」第7節)。
 坂口氏はそこで、「ウシア」(実体、ラテン語訳:essentia)や「ピュシス」(本性、同:natura)と並べて、「比較的新しいヘレニズム・ギリシア語で存在のアクチュアリティ、実存、といったニュアンスをもち、動的はたらき、流動のうちのいっときの留まり、という性格をもつ」(169頁)「ヒュポスタシス」(沈澱・基礎、同:substantia)という語を取りあげています。
 そして、それがなぜ、仮面(ギリシャ語では「プロソーポン」)の意味をもつラテン語の“persona”と等値されることになったのか、その「奇妙な事態」をめぐる歴史的経過を詳細に論じたあとで、元来の意味合いを異にするこれら二つの語──かたや「自然学的・形而上学的な存在論のことば」、かたや「劇場と法律と日常社会生活のことば」(180頁)──が同じ一つの対象を指すとされたときに生じた「概念のポリフォニー」に説き及んでいるのでした。

《ヒュポスタシスは、存在するものを存在せしめているアクチュアリティそのものであったし、ペルソナは、これこそ劇場や社会のうちでの主演者であった。しかし、ヒュポスタシスは宇宙的循環の一要素であるし、劇全体の構成や社会全体の依存関係と関連性なしにはペルソナはペルソナたりえない。劇は成立しない。この両概念がそのまわりにひろげる関連の場は、異質なものである。しかし、両者とも個存在性と関係性の両面をにらみ、両面を必須とする概念であることは共通している。そして、この両者が等置されるとき、結合された概念のもつ場は、宇宙的かつ人間的、自然的かつ法的・社会的、非人間的かつ日常人生的なものが重なり合い、混じり合い、対位法的に関わり合う不思議な場となった。
 したがって、この二つの概念は時にその意味内容を入れ替え、東方教会におけるようにヒュポスタシスが人格的な交わりの原理を意味したり、西欧キリスト教哲学におけるように、ペルソナが純粋存在性を意味するという、これも不思議な現象が生じてきた。(略)
 ただし、意味が入れ替わっても、それぞれの概念はやはりもとの意味の倍音をしっかりと響かせている。ヒュポスタシスは抽象的で明確な存在概念であることをやめないし、ペルソナは神学的概念であると共に「神の似姿へと」造られた人間を示す語であり続ける。「ペルソナという語は、たとい人間と神との間には非常な相違があるにしても、人間もこの語で語られ得るほどに類的な名称である」とアウグスティヌスは言っている[『三位一体論』Ⅶ,4,7.]。》(『〈個〉の誕生』(岩波現代文庫)181-183頁)

 私がこれから、その世界の“解明”に向けて、関連資料の蒐集と“縮約”と若干の考察の作業に取りかかろうとしているのは、坂口氏がここで叙述している「ペルソナ=ヒュポスタシス」、すなわち豊穣な意味の倍音を含んだ多声的概念の存在様態──個存在性と関係性、あるいは宇宙的・自然的・非人間的なもの(アクチュアリティ)と人間的・法的・社会的・日常人生的なもの(リアリティ)との多重的・複合的な結合──にほかなりません。
 いま、このような、意味のポリフォニーを孕んだ(広義の)ペルソナを“地勢学”的に位置づけるとすれば、次のような構図になるでしょう。

     [メタフィジカルな界域]

        【ペルソナ】
《文法的世界》    ┃  《推論的世界》
    ━━━━━━╋━━━━━━
      《ペルソナ的世界》
          ┃
          ┃
《文字的世界》   ┃ 《韻律的世界》
    ━━━━━━╋━━━━━━
       《仮面的世界》
          ┃
        【クオリア】
      (ヒュポスタシス)

      [マテリアルな界域]

 上方に位置する 【ペルソナ】(ヒュポスタシスの成分を吸収し、日常人生的領域からメタフィジカルな界域へ向けて“昇華”したペルソナ)と、これと対になる概念として掲げた 【クオリア】 (ペルソナの成分を吸収し、マテリアルな界域から人間的領域へ向けて“浮上”もしくは“降下”したヒュポスタシス)との関係については、稿をあらため、次節以降で論じることにします。
(「韻律/仮面/文字」の形象世界の三つ組に対応するものとして上方に掲げた「推論/ペルソナ/文法」の三世界は、これから取り組む「ペルソナ的世界」以降の議論の“方向”を個人的備忘録として書き込んだもの。)

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