見出し画像

韻律的世界【35】

【35】結─韻律的世界から推論的世界へ、伝導体へ

 パースによる「世界の根源的な三重性」の原理は、記号の三つの──それ自体で捉えられ(第一次性)、対象を持ち(第二次性)、解釈される(第三次性)──在り方に及びます。そして、そのそれぞれのレイヤーにおいて三種類の記号を成り立たせ、計九種類に及ぶ記号分類をもたらすのです。
 以下、前田英樹著『言葉と在るもの』の議論を縮約します(103-104頁)。

1.それ自体で捉えられた記号の在り方
 ① 性質記号(qualisign):声が潜在的に持つ「質」の流れ
 ② 個物記号(sinsign) :記号として発せられる私の声
 ③ 法則記号(legisign) :私の声が言語的に獲得する同一性・一般性

2.対象との関わり(表意作用)で捉えられた記号の在り方
 ① 類似記号(icon)   :肖像写真が一人物の記号となる場合
 ② 指標記号(index)  :黒雲が雷雨の記号となる場合
 ③ 象徴記号(symbol)  :「禁煙」の文字が特定の命令の記号となる場合

3.推論や解釈との関わりで捉えられた記号の在り方
 ① 名辞(rheme)    :ある物を「A」だと名指す
 ② 命題(dicisign)       :「AはBである」と断言する
 ③ 論証(argument)   :「AがBであるのは真である」と言明する

 ここで注目したいのは「第二次性」の記号の在り方にかかわる三つの記号、すなわち「イコン」「インデックス」「シンボル」です。
 瀬戸賢一氏は『認識のレトリック』で、「メタファー(隠喩)」「メトニミー(換喩)」「シネクドキ(提喩)」による「認識の三角形」のアイデアを提唱し、これをパースによる記号の三分法と対応させて、「メタファー=イコン:類似関係」「メトニミー=インデックス:隣接関係」「シネクドキ=シンボル:包摂関係」の三つ組へと展開しています。
 私は、そこに、第四の比喩形象として「オクシモロン(逆喩もしくは撞着語法)」あるいは「アイロニー」を、また、第四の記号として「アレゴリー」もしくは「マスク(仮面記号)」なるものを導入して──すなわち、「第四次性」もしくは「第零次性」と名づけることができる現象の第四のカテゴリーを創設して──、独自の「認識の四角形」を打ち立てることができないものかと思案してきました。
 さらに、これもまたパース由来の、「ディダクション(演繹)」「インダクション(帰納)」に次ぐ第三の「アブダクション(洞察≒洞窟的推察)」、そして私が勝手に考案した「プロダクション(生産)」の四つの推論の形式を加えて、第32節で触れた「伝導体」(≒「認識の四角形」)の理論を構成するエレメントとして位置づけてることを考想してきました。
 ちなみに、私の「理論」において、「伝導」すなわち「コンダクション」は、
推論の第五の形式[*1]にあたるもので、現時点での直観が告げるところによると、それは、狭義の韻律的世界に対して‘上方’(第三次性の彼方)から「意味」を注入し、‘下方’(第一次性の根柢、あるいは第零次性の次元)から「存在」(=力)を噴出させる、広義の「韻律」のはたらきを表現する概念にほかなりません。

 ずいぶん話が混沌としてきました。韻律的世界の実相もまだよく掴めていないうちから、仮面記号や推論の第五の形式や伝導体の概念まで持ち出して、茫洋たる世界に足を踏み入れてしまったので、このあたりで筆を擱くことにします。[*2]

[*1]「哥とクオリア/ペルソナと哥」第7章からの自己引用(一部加工)。

 ……伝導[conduction]とは、帰納[induction]や演繹[deduction]や洞察[abduction]や生産[production]に次ぐ、「推論」の第五の形式のことです。
 アブダクションとは、かのパースに由来する推論形式。プロダクションとは、たとえば、芸術に関する理論や理念について多くを語るより作品一つ創ってみせる、あるいは、生命誕生の機序を云々するより人工生命を現に造ってみせる、もう一つ例を挙げると、天地創造は神の思惟=推論の具現である、といったかたちで遂行される推論のことで、これは私のオリジナル。
 また、振る舞い[conduct]という語との音声的な隣接関係のもとにあるコンダクションは、他の四つの推論形式と相並ぶものというよりは、それらを総括したものなのではないか、というのが私の仮説。
 ここでいう「推論」とは、概念操作または言語活動としての(狭義の)推論のことだけではなくて、時空構造を織り込んだ物質世界(宇宙)や生物の進化、精神世界における(言語以前の、もしくは言語の外における)観念の運動、はては、神の存在の直観、あるいは、永井均氏の「独在性の〈私〉」の実在をめぐるメタフィジカルな論証、等々を含めた、およそ物質と生命と精神と意識、つまり森羅万象の存在者の運動全般をつかさどる理法(ロゴス)のようなものをさしています。
 実は、先に取り上げた「比喩」や「記号」もまた、これと同じスケールで考えるべきものでした。そうであるならば、「認識の四角形」のうちに推論の五つの形式をはめこみ、大きくいえば、世界の存在様式ともいえる「存在の五角形」のごときもの──「意味」と「存在」を「生産・貯蔵・流通・変形・消費」=「推論(最高義)」する媒体すなわち「伝導体」──を仕立てあげることだってできるはずです。……

[*2]本文で述べた「伝導体」の理論のラフスケッチ。

【第三次性】
 ・記号:象徴記号[SYMBOL]
 ・比喩:提喩[synecdoche]
 ・推論:演繹[deduction]:A∨B

【第二次性】
 ・記号:指標記号[INDEX]
 ・比喩:換喩[metonymy]
 ・推論:帰納[induction]:A∧B

【第一次性】
 ・記号:類似記号[ICON]
 ・比喩:隠喩[metaphor]
 ・推論:洞察[abduction]:A⇒B

【第零次性】
 ・記号:仮面記号[MASK]
 ・比喩:逆喩[oxymoron]
 ・推論:生産[production]:¬A=A

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?