伝説のスキャモンを探す旅③〜さらばスキャモン〜
1.リンパ型とは
私の関心の中心であった神経型が、脳-神経機能の向上を表しているのではなく、
単純に脳の重量や頭囲の増加率を表しているものだと分かり、
私のスキャモンを探す旅も終盤に差しかかってきました。
あとは、残された二つの型が何なのかを解明するだけです。
まずは、リンパ型です。
Another group of structures that departs from both the general and the neural type of postnatal growth includes the majority of organs composed chiefly of lymphoid tissue. The available quantitative data on these organs are not so complete as one could wish, although they are sufficient to permit us to follow the general course of postnatal growth of most of them.
『The Measurement of Man』p.189より引用
"一般型と神経型と異なる成長の仕方をする、もう一つのグループは主にリンパ系の組織で構成された臓器を含んでいる。これらの器官に関する利用可能で定量的なデータは期待できるほど完全ではないが、出生後の成長の一般的な経過をたどるためには十分である。" (引用者訳)
このように、スキャモンは一般型と神経型とは異なる成長の仕方をするグループとして、リンパ系の組織で構成された臓器をあげています。
と同時に、このグループに関してはデータの量が完全ではないことも述べています。実際のグラフとしても、一般型や神経型と比較しても4種類の臓器のグラフしかなく、それぞれのデータの件数についても記載されていません。
また、具体的な臓器としては、
①胸腺の重量 ②パイエル板(小腸内にパッチ状にある免疫器官)の数
③虫垂のリンパ小節の数 ④腸間膜リンパ節の重量
のデータを取ったことが以下のグラフから分かりました。
出典:『The Measurement of Man』p.190 Fig.70
私は、医学には全く詳しくないので分かりませんが、
とりあえず、スキャモンがリンパ型としてその経過をたどるためには十分だと言っているので、この4つの成長具合を調べれば十分なのでしょう。
これらのグラフの傾向をスキャモンはリンパ型と名付けました。
2.生殖型とは
リンパ型の説明をした後、スキャモンはこのように説明を続けます。
There remains a fourth mode of growth, which is quite different from any of the preceding ones. This type is represented by the growth of the prostate gland, the testes, the epididymides, the seminal vesicles, and a number of other parts of the genital system in the male and by the ovaries and certain parts of the genital tract in the female.
『The Measurement of Man』p.192より引用
”これまでとは全く異なる第4の成長の仕方をするタイプが残っている。このタイプは、男性では前立腺、精巣、精巣上体、精巣小胞、女性では卵巣と生殖器管などの多くの生殖器の成長によって表される。” (引用者訳)
ここでスキャモンは、具体的な臓器として
①精巣の重量(726件) ②精巣上体の重量(162件)
③前立腺の重量(73件) ④卵巣の重量(218件)
の4つのグラフを提示し、生殖型の具体的な成長の仕方を明らかにしました。
以下がそのグラフです。
出典:『The Measurement of Man』p.192 Fig.72
これで、やっと4つのパターンが出揃いました。
3.スキャモンの成長曲線はこうして描かれた
このように、スキャモンは身体の測定を通して、
各器官や部位の重量、表面積、寸法について、出生時から20歳までの増加率に
4つのパターンがあることを見つけました。
そして、その器官や部位の機能、役割などの共通性から、その4つのパターンを
一般型、神経型、リンパ型、生殖型という呼び名で分類しました。
その4つのパターンを一括してグラフに表したものが
下の図になります。
図73.身体の様々な部位の器官や臓器について、出生後の成長の主なタイプを示すグラフ。それぞれの曲線は、年齢ごとの数値を出生後から20歳までの総増加量から算出することで、共通の尺度で描かれている。 (引用者訳)
出典:『The Measurement of Man』 p.193 Fig.73
このグラフに関して、スキャモンは
They are summarized in diagrammatic fashion in Figure 73, which shows a typical example of each of these common modes of growth.
『The Measurement of Man』pp.193-194より引用
”これら(4つのパターン)は、それぞれの一般的な成長の様相について、典型的な例を示し、図73に図式的にまとめている。” (引用者訳)
と述べるだけにとどまり、
どのようにこのグラフを書いたかについては、その詳細を述べていません。
4つのパターンについてそれぞれの傾向を大まかに捉えて図式化しただけの可能性が高いように私は思います。
とにかく、こうして作成されたグラフが、あの有名なスキャモンの成長曲線として、日本中に広まって行くこととなったのです。
実は、スキャモンの書いた章『The Measurement of the body in childhood』において、彼の論文はこの後も続き、
胸囲や首囲の成長の仕方や副腎の重量は、この4つのタイプに当てはまらないことなどが語られますが、それは、今回のテーマから逸れるので割愛します。
4.スキャモンの成長曲線の功罪
スキャモンの成長曲線は、
寸法(1次元)、表面積(2次元)、重量(3次元)という、
単位も尺度も異なる事柄を、20歳までの増加量を100%とした時の増加率で表すという画期的な手法を用いることで、
各器官や臓器の成長の仕方がそれぞれ異なり、かつそれらが4つの類型に分類されることを誰にでも分かりやすく伝えることに成功しました。
これはスキャモンの素晴らしい業績の一つであると思います。
と同時に、あまりにも視覚的にインパクトのあるグラフであるがゆえに、
特に、神経型のグラフにおいては見た目だけが一人歩きしてしまい、
「神経系の発達は10歳ぐらいまでには80%以上完成してしまう。」
という間違った印象を人々に与えてしまったの大きな失敗だったのではないでしょうか?
これは、スキャモンのグラフの問題点というよりも、
むしろ、それを読み取る我々の理解力不足が原因と言った方が適切なのかもしれませんが。
とにかく、私はスキャモンの成長曲線の書かれた原典『The Measurement of Man』を通して、ゴールデンエイジ理論の根拠として、このグラフを利用することが不適切であると強く感じるようになりました。
なぜなら、脳の質量や頭囲の寸法の増減は、運動神経などの発達を表す指標として適切ではないとからです。
もちろん、3歳や6歳の子供の方が、新しい動きの習得などが早いということは多くの研究で実証されています。ただ、それは10歳(ぐらい)をすぎると、新しい動きや技術を習得するのは、もう遅い=無理ということではありません。
我々、育成年代のスポーツ指導者はスキャモンの成長曲線を引き合いに出して、
12歳を過ぎ、かつ動きの習得が苦手な子供たちの指導をあきらめる言い訳にしてはいけないと思うのです。
5.さらばスキャモン
こうして、ようやく見つけ出した青い珍獣は、
私に「どんなに不器用な生徒でも、丁寧に指導することの必要性」を再確認させてくれました。
実際の指導現場で
「この子のドリブルを上達させるのは無理かな…。
もうゴールデンエイジを過ぎてるし…。」
と私の耳元で、悪魔が囁く度に、この青い珍獣は
「神経型のグラフは脳の重さや頭囲の寸法を計測したグラフだ。
機能面の向上を計測したグラフじゃないよ。」
と勇気を与えてくれました。
それから幾月経った頃でしょうか、
ついに私の耳元で、悪魔が囁くことはなくなりました。
すると、青い珍獣は、
「あきらめずに、ねばり強く指導せーよ!がんばれや!」
こう言い残して、去っていきました。
そして、2度と私の前に現れることはありませんでした。
さらばスキャモン。
もう自分の指導力不足を、あなたのせいにはしません。
そして、ありがとう。
これからも、子供達の指導頑張ります。
(おしまい)