「クラブチームの全中参加」は部活動の地域移行化(部活動改革)とは呼べない
要点
・中体連がR5年度より全国中学校総合体育大会への参加要件を緩和し、地域スポーツクラブ等も、中総体に参加することが可能になることが報道された。
・中総体を主催・運営する中体連という組織は一般の教師たちが通常業務の傍ら運営する組織である。
・本来ならば地域スポーツクラブのために大会を主催・運営しなければならないのは各競技団体(〇〇協会や〇〇連盟といった各種目の団体)である。
・にもかかわらず、地域スポーツクラブが参加する大会を教員集団である中体連に運営させるのは、人員と費用のコストをかけずに大会を開催したい国(スポーツ庁)の思惑があるからである。
・地域スポーツクラブが中総体に参加することにより、現場の教師達には本来業務ではないはずの仕事が増える結果となり、部活動の地域移行化の根本理念の一つである教員の働き方改革とは真逆の事態が生じることとなっている。
・結局は教員の献身や自己犠牲によって部活動改革が行われるのであれば、それは本当の意味での部活動改革とは言えない。
1.突然の報道
寝耳に水の話でした。
学年末の仕事に追われる時期、私は読売新聞の報道で「来年度からクラブチームが中総体に参加することができるようになる。」ということを知らされました。
その当時(現在もですが)、私はX県中体連のバスケットボール競技専門部長であると同時にX県バスケットボール協会のU15部会長を兼任する立場にいました。
そんな私が、この報道を聞いてまず最初に感じたのは
「実情をよく知らない人が言ってるだけだな(笑)そんなこといきなり来年度から無理だから(笑)」とうことでした。
県中体連の専門部長として中総体の大会運営を行うと同時に、県協会のU15部会長として県内に少しずつ増え始めたクラブチームのお世話や大会運営などを担当していた私にとって、『全中に民間クラブ容認』は現場を知らない人たちが勝手に決めた素人了見そのものでしたので「みんなどこかで間違いに気づいて、方向変換するだろうな」と思っていました。
しかしながら、6月には日本中体連より『全国中学校体育大会への地域スポーツ団体等の参加資格について』とした文書が発表されるなど、方向変換される気配は全くなく、かつ現場レベルでも何ら具体的な検討や会議がもたれることもないまま、時間だけが過ぎています。
2.中体連って何者?
「中学校体育連盟(中体連)」この響きに、何やら怪しげな権力めいたものを感じる人々もいるようですが、中体連はそもそも「全国中学校生徒の健全な心身の育成、体力の増強及び体育・スポーツ活動の振興を図り、もって中学校教育の充実と発展に寄与することを目的」として作られた組織です。主な事業は部活動の大会運営やそこに係る会議の開催などになります。
日本中体連の下には各県中体連が組織され、その下には各地区の中体連が組織されています。各県各地区の中体連の事業も全国大会の予選となる各県大会や地区大会の運営とそこに係る会議の開催などが主になります。
ここで、みなさんに知っておいていただきたいのは、
「中体連で業務を行っているのは、ただの中学校の教員である。」
ということです
つまり、「中総体という大会は担任や授業、生徒指導や進路指導という本来業務の傍ら、ボランティアで大会運営の業務をおこなう中学校の教員達によって支えられている。」のです。
もちろん日本中体連の役員さんには常勤で報酬を得ている方もいらっしゃるようですが、各県や各地区の中体連会長は普通の校長先生ですし、理事長や事務局員の方々も基本的に普通の先生方です。みなさん、本来業務の傍ら中体連の業務をされています。
当然ながら、私は競技専門部長ですので、普通の教員です。
私の場合は3年生の担任であり、保健体育科の教員として毎日授業をしながら、専門部長の仕事をおこなっています。
3.県大会(バスケ)競技役員は3日間でのべ約350人
私の担当する中学校総合体育大会バスケットボール競技X県大会(いわゆる県大会)は初日4会場、2日目は1会場で、前日準備も含めると3日間で開催されます。
総務、競技、TO、受付、駐車場係、会場準備、審判、マンツーマンコミッショナー、式典、報道など各係として実働するのは、運営を担当する地区のバスケ部顧問の先生方で、みなさん普通の中学校の先生方です。
私の所属するX市主管で県大会運営をおこなった場合、前日準備も含めた3日間で
少なくとものべ350人の方々が運営に協力していただいています。
もちろん、みなさん無償でのお手伝いです。
4.クラブチームの増加
ここ数年で、バスケットボール競技でもクラブチームの数が増えてきました。
これは、昨今のスポーツ界全体の流れを受け、当然のことだと思います。
特に、バスケットボールでは3年前から日本バスケットボール協会の主催で
中学生年代の全ての種別(Bユース・クラブ・中体連)が参加できる全国大会(Jr.ウィンターカップ)が開催されたことも大きな理由だと考えられます。
現在X県内のクラブチーム数は男子24チーム、女子22チーム(前年度比1.4倍)で、今後も増加をしていくことでしょう。
クラブチームはBユースや中体連のチームと比べ、活動場所や試合会場の確保が困難なことや、参加できる大会なども少ないことが課題です。それらの課題解決に向け、県内のクラブチームを含むU15世代の環境整備を行うことが県協会U15部会長としての私の仕事です。
ですから、今後のクラブチーム対象の大会を充実するために、クラブチームの大会運営にも関わってきました。十分とは言えませんが、私自身はX県内のU15世代の環境整備についてできる限りのことはやっているつもりです。
もちろん、これらの環境整備は私一人でなく多くの方々との協働によって進められますが、普通の中学校教師として日常の業務や自チームの指導を行う傍ら、このような責任のある仕事を行うのは本当に大変なことです。
5.環境整備で大切にしていること
県バスケットボール協会のU15部会長として私が大切にしていること。
その中の一つに、「手伝ってくれた人にお金をちゃんと払う」ということがあります。
一つの大会を運営するためには当日の競技役員としての仕事だけでなく、事前の会議や打ち合わせなど様々な業務があります。そこで動いていただいた方々には、当然ながら交通費や日当が県協会から支払われます。
限られた予算の中での運営になりますので、多くの方々にお手伝いいただくことは無理ですし、日当の額も十分ではないかもしれません。しかし、支払うべきお金をしっかりとお支払いすることは、持続可能な育成環境を作り上げるためには欠かせないことだと私は考えています。
6.持続可能な育成環境を目指し
戦後から約70年間、教員の無償ボランティアによる大会運営によって、中体連の大会は運営されてきました。そして今もそれは続いています。
これは、戦後の日本におけるスポーツ政策が、育成年代のスポーツ指導は学校部活動を中心とした方法をとっていたからです。
戦後、日本では政策として部活動を学校教育の中に位置づけながら、教育課程外に置くという不可解な方法をあえて取ることで、日本中の教師に無償ボランティアの形で部活動を行わせ、育成年代のスポーツ指導にかかるコスト(予算と人員)を大きく削減してきました。
そして、また教師達も部活動の意義や生徒指導上の効果などを理解・期待し、自ら無償での部活動指導や大会運営を行ってきたのです。
当時はある意味、それでWIN-WINの関係だったのでしょう。
しかし、時代は流れ、教師の働き方そのものがブラックであると言われ、
教師のなり手が大きく減少していることが社会問題化しています。
中総体の運営も普段の部活動も、もうこのままの方法では運営できない状況に来ており、国は部活動の地域移行化へと大きく舵を切りました。
このような中、中体連の専門部長として中総体では昔ながらの無償での大会運営を行いながらも、持続可能な育成年代のスポーツ環境の構築に向けて、県協会のU15部会長としてクラブチームの大会運営では、きちんと手当をお支払いしての大会運営を行ってきました。
いつの日か、育成年代のスポーツを支える方々に適正な報酬が支払われる世の中がくる日を願って…。
7.ごめんなさい。私には出来ません。
そんな私にとって、『全中に民間クラブ 容認』は受け入れ難いものであることは理解いただけるでしょうか?
全中の予選である県大会にもクラブチームが出場することとなった場合、
本来協会が費用をかけて運営すべきクラブチームの大会運営を
教員の方々に無償で行っていただくことになります。
中体連の専門部長として、私は県大会の競技役員のべ350人の皆さんに、
「手当は一銭も払えないけど、クラブチームの参加する大会の運営もお願いします。同じ中学生だからいいでしょ。」
なんてこと言えるはずがありません。
だって、U 15部会長として、これまでクラブチームの大会についてはきちんと手当をお渡しして大会を運営してきたのに!
ごめんなさい。私には出来ません。
今まで中学生の大会運営を献身的に行ってきて頂いた教員の方々に対し、
これ以上の負担をかけるようなこと私には出来ないのです。
8.最後に
スポーツ庁はクラブチームを中総体に参加させることで、
本来ならば競技団体やスポーツ庁がお金を出し、運営しなければならない大会を中体連に肩代わりさせ、コスト(予算と人員)をかけずに済ませようとしています。
それは結果として、現場の教員が低コスト(無償)で働かされることを意味しています。
「クラブチームの子も同じ中学生なのに、中体連に出られないのはおかしい。」
の一言で、クラブチームの全中参加を正当化することはあまりにも危険な思想です。
長年、教師として働き「子供達のために」の合言葉に従い、多くの過ちを犯してしまった人間だからこそ、心の底からそう思うのです。子ども達が成長するその裏で子ども達を支える大人達が疲弊してしまっては、本当の意味で子ども達は育ちません。
結局は教員の献身や自己犠牲によって部活動改革を進めるのであれば、それは持続可能なものではなく、本当の意味での部活動改革にはならないでしょう。