
理容師五厘さんの日常
強制坊主
ある日のこと、僕は理容師の五厘さんに髪を切りに行くことになった。五厘さんは町で評判の理容師で、昔ながらの髪型にこだわりを持つ人物だ。彼の店は古びた建物の一角にあり、外観こそ時代遅れに見えたが、そこに訪れる常連たちは、みんな五厘さんの腕を信じている。僕もその一人だった。
「お、今日はどうした?」五厘さんが店の入り口に立って僕を見つけると、にこやかに声をかけてきた。彼の手には、いつも使っているバリカンが握られていた。バリカンの音が店内に響くたびに、常連客たちがどこか安心した顔を見せるのが常だった。
「今日はちょっと、強制的に坊主にしてみようかなって思って。」僕は冗談交じりに言った。というのも、僕には悩みがあった。最近、試合で負け続けていることで、心の中が重く感じていた。そして、その気持ちを少しでもリセットしたいと思っていたからだ。
五厘さんは僕の言葉を聞いて少し考えると、にやりと笑いながら言った。「それなら、丸坊主にしてやろう。負け続きの気持ちをリセットするには、それが一番だろう。」
僕はその言葉にドキドキしながらも、どこか興奮していた。髪を切るということが、こんなにも気持ちを変えることになるのかもしれないと思うと、どこかで気分が高揚していたのだ。
五厘さんは椅子を引いて、僕を座らせた。「じゃあ、坊主にする準備はいいか?」
僕は深呼吸をし、ゆっくりとうなずいた。その瞬間、五厘さんはバリカンのスイッチを入れた。あの、刃が髪を刈る音が耳に響き、胸の鼓動が速くなるのを感じた。
バリカンが僕の髪に触れると、すぐにその感覚が広がり、徐々に髪が落ちていった。最初の一刈りが済んだとき、五厘さんが「どうだ?」と聞く。
僕は鏡を見て、目を見開いた。髪がすっかり短くなっていく様子に、少し驚きながらも、心の中でどこかスッキリした感覚が広がった。「すごい…。本当に坊主になっちゃうんですね。」
五厘さんは笑いながら「もちろんさ。強制坊主ってのは、そういうもんだ。」と言いながら、さらにバリカンを動かし続けた。髪がどんどん短くなっていくにつれて、僕の中の重たかった気持ちが少しずつ軽くなっていくのを感じた。
最後に、五厘さんが「出来上がりだ。」と言って椅子を回転させ、鏡を僕に向けた。その瞬間、僕は自分の姿を見て驚いた。すべての髪が刈り取られ、丸坊主になった僕の頭が鏡に映っている。
「どうだ?」五厘さんが満足そうに言う。
「思ってた以上に…スッキリしました。」僕は感慨深く答えた。試合に負けて気分が沈んでいた自分が、どこか新しく生まれ変わったような気がしていた。
その日の帰り道、風が頭を撫でる感覚が心地よく、無駄に悩んでいた日々が遠い過去のことのように感じられた。そして、次の試合に向けて、気持ちを新たにすることができると感じた。
丸坊主の頭をさわりながら歩く僕は、今度こそ勝つために、全力で戦おうと思っていた。
五厘さんに感謝しながら、試合に向けた決意を胸に、僕は新たな一歩を踏み出した。