二十一年間貫き通した懺悔と許し-菊池寛の『恩讐の彼方に』①
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10月第2作目には、菊池寛の小説、『恩讐の彼方に』を取り上げます。
『恩讐の彼方に』は江戸時代の僧侶・禅海の実話をモデルとして、菊池寛が生み出した創作小説です。
禅海は危険な橋から民の命を守るため、後に青の洞門と呼ばれるトンネルを30年かけて開削した人物。
菊池寛は、言わずと知れた『文芸春秋』の創刊者で、芥川賞・直木賞の創設者でもあります。
『恩讐の彼方に』とは、「情けや恨みという感情をを超えた先に」というあたりのイメージです。
(「恩」は情けを、「讐」は恨みを表す言葉なので、「恩讐」は「情けと恨み」)
主人公の市九郎は、罪を犯して絶え間ない後悔を感じながら生き、やがて救いを得ていきます。
『恩讐の彼方に』……二十一年間貫き通した懺悔と許しの物語
菊池寛(1888~1948)
【書き出し】
市九郎は、主人の切り込んでくる太刀を受け損じて、左の頬から顎にかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。
【あらすじ】(前編)
市九郎は、主人の妾であるお弓と許されない不義の罪を犯した。
当初は主人に反抗する気持ちはなかったが、主人に斬りつけられて左頬にかすり傷を負うと、思いは攻撃へと転じ、ついに主人を斬り殺してしまった。
主殺しの大罪を犯した市九郎は、屋敷の金品を盗んでお弓と共に江戸から逃げ出し、東山道を西へ進んだ。
生活に困窮する二人は悪事をはたらき、初めこそ罪悪感を抱いていた市九郎も、次第に何の躊躇も不安も感じなくなっていった。
美人局(妻が男を誘惑し、関係を持ったところで夫が因縁をつけて金品を脅し取る詐欺)に始まり、最終的に強盗となった二人は、木曾に近い峠に茶店を開き、一年に三、四回金持ちの旅人を殺すことで生活を支えた。
逃げ出して三年目の春頃、身なりの良い豪農の若夫婦が通りかかる。
市九郎は幸福な旅をしている男女を殺すことにためらいを感じ、おとなしく金品を差し出せば殺すのはよそうと決めた。
だが顔を覚えられてしまったため、やむをえず夫婦を殺してしまう。
良心の呵責にとらわれた市九郎は、男女の衣装と金を奪うとすぐにその場を立ち去り、家に帰るとそれらを、汚らわしいもののようにお弓のほうへ投げた。
しかしお弓は、女がつけていた高価そうな髪飾りを市九郎が取り忘れたことを責め立て、とうとう自ら死体の元へ取りに走った。
その後ろ姿をひどく浅ましく感じた市九郎は、自分の過去の悪事や自分自身、そしてすべての罪悪の根本であるお弓から逃れたい一心で、行くあてもなく家を飛び出した。
翌日、市九郎は美濃の国にある真言宗の浄願寺にたまたまたどり着き、駆け込んだ。
彼の懺悔の心は、ふと宗教的な光明にすがって見たいという気になったのだ。
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