フリー同士の結婚、フリー以外との結婚の利点、そしてお金の心配【月刊(本当は週刊だけど)お気楽フリーランス論Vol.20】一瞬面倒くさそうだけど新しい仕事はやった方がいい
2月17日、福島第一原発の取材をしてきました。それに先立ちまして、PCR検査の「陰性」という結果が必要だったため、15日、東京・渋谷でPCR検査を受けてきました。結果、陰性です。
上記写真は、2007年12月から2020年10月いっぱいまで事務所を構えていた富ヶ谷の交差点の歩道橋です。ここにいた時期、本当に多くの仕事をもらえました。変なスピリチュアルな話になってしまうのですが、「運気」ってあるんじゃないかな、と今は思っています。
この街は人々が上品だし、あまり困窮している人はいない。そうした人々の「気」というものが街全体の雰囲気を良くし、ここを拠点とする人々の人生をも上向けたのかな、なんて考えます。まぁ、気のせいかもしれないのですが、色々うまくいかない時は引っ越しをするのも一つの手ですよ。信頼できる知り合いに「人生が上向いた場所」を一斉に聞いて、そこから選択するのも一つの手です。上の写真は、渋谷から代々木公園へと続く「奥渋」です。この道は歩いていて楽しいですよ。
速水建朗氏は正しかった「住む場所」が人生に与える影響
速水建朗さんの著書『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)は、東京の様々なエリアの特徴を紹介しつつ、どこに住むかによって人生も変わっていく、といったご自身の話も書いていきます。一度この件について対談をしたのですが、2人してしみじみと「場所によってホント、人生って好転するか悪化するかありますよね……」となったものでした。
その時の対談の模様については、「デキない人は「住む場所」へのこだわりがない それは収入や仕事の結果とも直結する」(東洋経済オンライン)に掲載されております。「場所と人生」についてご興味ある方はぜひ。
このタイトル通りなのですが、本当に富ヶ谷を拠点にしてから、収入・仕事の結果は見事に上昇。2020年8月31日でのセミリタイアという目標を2013~2014年あたりにはすでに持つことができ、実際にそれを実現できたのでした。
「家族」とフリーランス、どう考えるべきか
さて、今回は仕事をするにあたって避けて通れない「家族」の問題についてです。後半では、「ちょっと面倒くさいと思ったけど、新しい経験をやってよかった」という件について書いてみます。福島原発、「遠いよな…」「佐賀県唐津市からこれだけのために行くのもな…」「なんでPCR検査のために2日前に東京入りしなくちゃいけないんだよ…」と正直思いました。しかし、本当に行って良かった。今回の取材結果については、3月上旬、どこかのウェブメディアで出しますので。
家族の話。私自身は自動車会社勤務のサラリーマンの父親と専業主婦(出版社の校正のバイトはしていましたが)の息子で、2歳年上の姉がいます。父親は1945年生まれ。高度成長期にサラリーマンになり、日本が絶好調だった1980年代中盤~後半に40代となり、給料も順調に上がっていました。
私の母は「安月給」と言っていましたが、福利厚生(たとえば社宅は6000円とか)は充実していたと思います。父親は無事63歳まで勤め上げましたが、我が家には「安定した生活設計」ってヤツがありました。彼が52歳の時に私は大学を卒業。あとは夫婦のためだけに働けばいい状態に。
退職後は、それまで付き合いのあったドイツ系の自動車部品メーカーに転職し、その後は国際機関で発展途上国の自動車普及に取り組み、3年前の72歳ぐらいまで働き、今は無職になっています。恐らく父母の人生についてはもう「あがり」といった状況でしょう。
これは「良い時代のサラリーマン」だからこそできる話です。しかし、フリーランスの場合はどうなるか? 我が家の場合は、妻もフリーライターで、「佐賀県情報発信所」の企画については2人で取り組んでいます。2人で取材を手分けし、原稿執筆も手分けする。今、2本の原稿が「チェック待ち」状態ですが、佐賀の良い点を2人で伝えていければな、と考えています。その他の利点も述べますね。
フリー同士の結婚の利点
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