殺人球技との出会い
「マーダーボール」の世界を、緊張感と共に感じることができたのは、素晴らしい体験でした。決勝の終わりを告げるブザーの瞬間の、イギリスベンチの高揚感が目に浮かびます。選手たちは自分のラグ車を力いっぱい叩き、両腕を目一杯広げていました。
2009年、リハビリ専門職の資格を取得するために4年間の社会人学生となった私は、相当量の情報を頭の中に詰め込む必要がありました。家族を養うために、フルタイム+αで働きながら夜間の学校に通っていたため、出席日数を数えながら、最小限のエネルギーで授業に参加していました。
頭の痛くなるような授業ばかりでしたが、時には楽しい授業もありました。社会福祉学の授業は、動画や映画を使って、私たち生徒が飽きないような工夫をしてくれていました。
東京2020で金メダルを獲得した車イステニスの国枝選手について、この授業で初めて知りました。
「なにを言っているんだ。日本のテニスプレーヤーには国枝がいるじゃないか」
まだ錦織選手などの強い日本人テニスプレーヤーが居なかった頃です。海外の知り合いから、そう言われたことがあると、先生は話してくれました。障害を持つ人に対して海外と日本では大きな感覚の違いがあることを素直に受け入れる事ができました。
車イスラグビーとの出会いも、この授業です。「マーダーボール」というドキュメンタリー映画を観る機会がありました。授業中には途中までしか観ることができなかったため、その日の帰りすぐにDVDをレンタルしました。
高校時代はラグビー部に所属していたため、ラグビーという言葉には人一倍敏感でした。しかし、車イスラグビーは重度障害者が行うスポーツと聞いていたため、そこまで激しくないスポーツであろうと勝手に想像していました。
映画「マーダーボール」は、まず競技そのものよりも、競技者の荒々しい人間性に惹きつけられました。競技中の激しさはもちろんですが、私生活での健常者相手につかみかかる喧嘩や、恋愛の様子は、私が勝手に持っていた障害者のイメージを真逆の方向に導いてくれました。
「障害者のイメージを壊す」映画の作り方も上手いと思いましたが、アメリカやカナダ代表が、国のためにプライドを持って戦う姿に魅せられました。選手や監督コーチたちを素直にカッコいいと感じました。
2019年11月にオリンピックメディカルチームに選ばれてから、しばらく何の音沙汰もありませんでしたが、不意に2020年1月22日に東京オリンピックパラリンピック組織委員会から1通のメールが届きました。
一瞬目を疑い、運命的な競技との出会いに心が震えるのを感じました。どんな基準で決まったかはわかりませんが、オリンピック、パラリンピック合わせて55競技879種目もある中で、嬉しい巡り合わせとなりました。
1年の延期を経て、ようやく辿りついた舞台は、自分の役割を全うすることに必死でしたが、どこか映画の世界にいるような素敵な時間でした。
13年ごしの夢が終わり、そこそこの喪失感を感じましたが、同時に新たな夢に向かう開放感も感じています。過去の経験を少しずつ伝えながら、またゆっくりと時間をかけて次の夢に向かいたいと思います。
nakaba ueno
上野 央
マーダーボール=殺人球技
オススメ映画を聞かれると「マーダーボール」と答えます!現在、女子高生が主役の同じタイトルのマンガがありますが、こちらも面白い!東京五輪前に勉強と言いきかせて読み漁りました···
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