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1982.5.26 タイガーマスクVSブラック・タイガー《漫画から飛び出した名勝負》
80年代から90年代の新日本プロレスは、色々と面白いアングル・名勝負がありました。
僕の見た名勝負や印象に残った新日本プロレスのアングルやイベントについて書いていきたいと思います。
皆さんの新日本プロレス名勝負はどの試合だと思いますか?
宜しければ、コメント欄に記載お願いします。
今回は、みんな大好き初代タイガーマスクの名勝負について書いていきたいと思います。
ビッグ・ファイト・シリーズ 1982年5月26日 大阪府立体育会館 WWFジュニア・ヘビー級選手権試合 ブラック・タイガー(王者) VS タイガーマスク(挑戦者)
当時、タイガーマスク対ブラック・タイガーなんて、本当にアニメの世界でワクワクしましたよ。
しかし、このブラック・タイガー、、、実力は本物でした。
タイガーマスクの名勝負と言えば、ダイナマイトキッドや小林邦昭を挙げる人が多いと思いますが、僕はやはりこの試合ですね。
この試合の前、1982年4月21日に初対決をしているのですが、この時は、両者リングアウトでタイガーマスクがタイトル防衛をしました。
しかし、試合内容は、終始ブラック・タイガーが優勢に試合を進め、タイガーマスクの良さを全て封印していました。
タイガーマスクがこんなに苦しめられたのは初めてだったと思うので、当時、ブラック・タイガーは強いなと思った記憶があります。
このツームストンパイルドライバー以降、タイガーマスクをあと少しのところまで、攻めまくります。
この技は、後に、暗闇脳天と言う呼び名で呼ばれることになります。
強いのは当然で、ブラック・タイガーの正体は、イギリスのテクニシャンプロレスラーであるローラボールマーク・ロコでした。
初代タイガーマスクこと佐山聡が、イギリス遠征時代、サミー・リーとして活躍していた頃のライバルでもあります。
この試合の後、ブラック・タイガーは、同年5月6日にはグラン浜田を破り、タイガーマスクの負傷による返上で空位となっていた同王座を獲得しました。
そして、この名勝負につながっていきます。
赤コーナーに立っているのは、チャンピオンのブラック・タイガーです。
試合前半はタイガーマスクの良いところが目立ちます。
得意技のローリングソバットは何度見ても素晴らしいです。
このブリッジもきれいです。
もう、画面に入りきれません。
サワーソルトキック、小鉄じゃまじゃま笑
きれいですね。
さらに高いローリングソバット!
しかし、このあたりから、ブラック・タイガーのラフ&パワーファイトがはじまります。
トップローブからの攻撃!
ダブルアームスープレックス!
ブレインバスター!
バックを取られてからの急所攻撃!(お約束)
そして、ついに暗闇脳天が決まります。
このときに初めて暗闇脳天という言葉が古舘伊知郎の口から発せられました。
タイガーマスク大丈夫か?!
しかし、一瞬のすきをついて、ツームストンパイルドライバー。タイガーのは高いですね。
トップロープもひとっ飛びです。
そして、ムーンサルトプレス。
このとき、はじめて見ましたよ。こんな技。
興奮です!
なにやら言っているブラック・タイガー、もう一度戦えとか言っているのでしょうか?
飛びかかってきたブラック・タイガーをベルトで叩くタイガー笑
梶原一騎さんがいますね笑
最後は不要ですが、、、
この試合は、初代タイガーマスクの名勝負のひとつだと僕は思います。
輝いていますね!
この試合は新日本プロレスワールドで観ることが出来ます。
昭和プロレスファンの方は、登録して見てみてはどうでしょうか。