竹内まりや『プラスティック・ラブ』とAIの甘い関係
生成AIがブームになって1年半ぐらい経ちますが、「XXを生成AIで実現したい」という話を伺うと、「それって、生成AIでなく別のAIですよね」となることも多くあります。
そもそもAIは、1980年ぐらいからあり、僕も大学院で研究していましたが、最近までは、機械学習や深層学習(Deep Learning)と呼ばれる分野のAIがメインでした。
今回は、生成AIではないAIの話をしてみたいと思います。
Vaporwaveと『プラスティック・ラブ』
『プラスティック・ラブ』
竹内まりやの『プラスティック・ラブ』、ご存じですか?
1980年代の日本の「シティポップ」と呼ばれる分野での代表作で、松原みきの『真夜中のドア』と共に、海外のYouTubeやSpotifyで数千万の再生回数を出していて、すごく流行ってますよね。
僕も大のお気に入りの曲ですが、竹内まりやは、日本では、『駅』、『告白』、『シングルアゲイン』、の恋愛三部作の方が有名ですよね。
『プラスティック・ラブ』はシングルリリースはされなかったので、日本ではそれほど有名ではありません。ところが発売後30年以上経った2018年あたりから、突然海外で流行り出したのには驚きました。
今でも日本のシティポップは大人気で、とても30年前の曲とは思えないほど、「クール」な曲です。
この『プラスティック・ラブ』が海外でなぜヒットしたかをたどると、2010年代にアメリカでヒットしたVaporwave(ヴェイパーウェイブ)という音楽のジャンルが関係していることが見えてきます。
ヴェイパーウェイブとは
これは、80年代後半から90年代初頭の音楽、特にスムースジャズ、ラウンジミュージックポップスなどを基にしたジャンルです。
うまく説明できませんが、ノスタルジックな雰囲気や哀愁を漂わせながらも、どこかクールで、かつ、人工的な音楽です。
このジャンルでの有名な曲としては、Macintosh Plusの『リサフランク420 / 現代のコンピュー』があります。
Macintosh PlusというAppleの名機をモチーフにして、そのバックで音楽が流れるこの動画は、本当に「クール」です。
Aメロだけで構成、聴いていて「楽」
日本の80年代のシティポップは、フラットな曲が多いので人気です。抑揚がなく、Aメロだけの曲が多いので、聞いていて「楽」なのです。朝、昼、晩、いつでも聞いてられるのが人気です。
例えば、同じJ-POPでもYOASOBIの『アイドル』を寝る前に聞きたいと思いますか?
僕は聴きたくないです(笑)。
『アイドル』も全米1位を取った海外で有名なJ-POPですが、あれほど変調して、リズムも変わり、ラップも入りの音楽は珍しく、通勤の朝には聞きたいですが、四六時中は聴けませんよね?
シティポップはその対極にあるのが魅力。「『プラスティック・ラブ』を10時間続けて聴く会」が海外各地で開催されたほどです。
あれ、AIの話ではないの?と、思われているかもしれませんが、大丈夫です。音楽を聴きながら、もう少しお読み下さい。
『プラスティック・ラブ』流行とAIの関係
さて、本題に入ります。
『プラスティック・ラブ』はリリースされたから30年後に、なぜ海外で流行ったのでしょうか? それには、AI技術が関係しているのです。
2017年、同作品の非公式動画がYouTubeにアップされていました。そして当時、前述のヴェイパーウェイブ音楽を聴いていた人に対して、『プラスティック・ラブ』の動画を推奨し始めたのです。
YouTubeの「おすすめする仕組み」とAI
YouTubeの「おすすめ」には、色々な方法があります。
例えば、その動画を見ているほかの人が、よく見ている動画を推奨するという仕組みがあります。
Amazonでいう、「この商品を買っている人は、こちらも買っています」という、おすすめの方法ですね。これはそれほど難しくなく、動画閲覧履歴を管理し、整理すれば簡単にできる仕組みです。
最近のYouTubeは、もっと凝ったおすすめの方法を使っています。
ここに、機械学習や深層学習(Deep Learning)、強化学習という、生成AIがブームになる前に流行っていた旧来からの(といってもここ10年ぐらいですが)AI技術が使われています。
どういった仕組みかと言えば、自分の見た動画(音楽)に似た動画を探してくるという仕組みです。簡単そうですが、システム化するのには結構大変なんですよね。
「似た動画」を探すシステムとは
例えば、宇多田ヒカルの『First Love』に似た曲をお勧めする場合、その「似た曲」を、どう定義しますか?
『First Love』ってどんな曲か、言語化して説明して!と言われても困りませんか?
「えーっと、リズムは8ビートで、テンポはスローで、調性はマイナーコードメインで、低音が効いて……」なかなか表現できませんよね。
人間が耳で聴けば、似た曲の選別はできそうな気もします。しかし1曲1曲、人が聴いて、似ている曲を分類するなんて到底不可能です。
なぜならYouTubeには、毎日数千万以上の動画がアップロードされるからです。
そんな時に使うのが、機械学習というAIです。機械学習がどのようにして似た曲を見つけるのか、簡単に説明します。
機械学習とは
機械学習とは、コンピューターが自分で学習し、パターンを見つけるための技術です。
人間は新しいことを学ぶとき、経験や練習を通じて知識やスキルを身につけます。
同じように、機械学習ではコンピューターがたくさんのデータを分析し、その中から規則性やパターンを見つけ出すことで、新しい情報に対して適切な判断を下せるようになります。
ここで質問です。子供から、「犬と猫は、鳴き声以外で何が違うのか教えて?」と聞かれて即答できますか?
僕は答えられません(笑)
従来のコンピューターは、人間が具体的に指した通りに動くようになっていました。
でも、犬と猫の分類を具体的に指示できませんよね。そうしたときに機械学習というAIが使われます。
例えば、機械学習を使って猫と犬の写真を分類したい場合、まず、コンピューターに大量の猫と犬の写真を見せて、それぞれが猫か犬かを教えます。
次に、コンピューターはこれらの情報を使って、猫と犬の違いを学びます。次に、新しい写真を見せると、コンピューターは学習したパターンを基に、その写真が猫か犬かを、自動的に判断できるようになります。
YouTubeの場合
では、YouTubeの場合はどうでしょうか。
1. 音楽の特徴を数値化する
まず、コンピューターに音楽を「理解」させるため、曲の特徴を数値(ベクトル値)に変換(計算)します。例えば:
テンポ(曲の速さ):120 BPM
音の高さの平均:ミドルCより2オクターブ上
リズムの複雑さ:5段階中の3 などで数値が変わってきます。
2. たくさんの曲を学習させ、グループ分けする
次に、機械学習アルゴリズム(仕組み)に、たくさんの曲を「聴かせ」て学習させます。アルゴリズムは、似た特徴を持つ曲同士をグループ分けする方法を学びます。
3. 新しい曲を分析する
お気に入りの曲がアップロードされると、アルゴリズムはその曲の特徴を分析し、どのグループの属するかを都度決めます。
4. 似た曲を見つける
最後に、自分が聞いた曲と似た音楽を、学習済みのデータベースで最も近い特徴を持つ曲を探し出し、推奨曲のリストに付け加えます。
このように、機械学習のAI技術は、膨大な音楽データの中から、人間の耳では気づきにくい細かな類似点を見つけ出し、新しい音楽との出会いを提案してくれるのです。
『プラスティック・ラブ』ヒットの理由
さて、『プラスティック・ラブ』に戻りましょう。
2017年、『プラスティック・ラブ』の非公式動画がYouTubeにアップされており、ヴェイパーウェイブ音楽を聴いていた人に対して、同曲の動画を推奨し始めた、というところまで書きました。
つまりこの楽曲が、今説明した仕組みのなかで、当時ヒットしていた、前述のヴェイパーウェイブの音楽に似ていると判定されたのです。
そして次々に再生されたことで、音楽マニアに瞬く間に伝播、それを経て一躍ブームになったというわけです。
もちろん『プラスティック・ラブ』がもともと持っていた魅力があってこそですが、ここまでの人気となった裏にあったのは、機械学習というAI技術というわけですね。
正確には、機械学習に加えて、深層学習、強化学習、などのAI技術や、動画再生履歴なども関係しているのですが、とにかく従来の曲の分類というやっかいなことを、人手でなくAIができるようになったので、こうしたことが実現できるようになったのです。
Spotifyが一番使われている理由も
この技術が一番進んでいるのが、動画配信サイトで世界シェアNo.1のSpotifyですね。
Spotifyを使うと、突然、知らない歌手の曲を再生された経験があると思います。そしてその未知の曲を「結構、いいな」と感じたことはないですか?
Spotifyは機械学習、そしてその発展版ともいえる強化学習のアルゴリズムなどのAI技術の使い方が上手です。
そしてそれが、Amazon Musicなどの競合を抑えて、音楽配信サイトNo.1の地位を得ている理由の1つなのです。
Spotifyの「AI DJ」
例えば、最近人気がある 「AI DJ」 。これは、ユーザーの特定の音楽の好みや視聴習慣に基づいて再生する曲を選択する AI 搭載のディスク ジョッキーです。
AI DJ は、ユーザーの個々のデータに基づいて、機械学習の結果から得られて、お勧め曲を集めてきて、生成 AI によって作成された超リアルな音声で選択した曲をナレーションします。
「Discover Weekly」
加えて、「Discover Weekly」もSpotify定番の機能です。
これは、AI アルゴリズムによって毎週月曜日にユーザーごとに独自に作成される、カスタムメイドの AI プレイリストを僕たちに提示してくれます。
プレイリストは、各ユーザーの特定のリスニングの好みに合わせて選ばれた 30 曲のコンピレーションです。
ストリーミング履歴、プレイリストに追加した曲、好き嫌い……。そんなさまざまな要素を考慮して、リスナーに新しい曲を紹介するように設計されています。
この機能により、馴染みのないアーティスト、ジャンルを毎週、発見する楽しみを提供してくれます。
機械学習や深層学習は生活に溶け込んでいる
今、AIと言えば、Chat-GPTやClaude3などの生成AIがブームですが、機械学習や深層学習というAI技術も、僕たちの生活に溶け込む形で結構使われている、ということを知って頂ければと思います。