麻酔に関する都市伝説!?
麻酔は、手術に関わる飼い主さんの心配事の一つです。残念ながらその心配事の多くは間違っています。麻酔に関して聞かれることの多い都市伝説を紹介しましょう。また、所有する猫が麻酔を必要とするときの知識としてください。
麻酔は危険だ!
これは都市伝説とは言えないかもしれません。もちろん麻酔には常にリスクはつきものですが、飼い主さんが信じている危険性よりははるかに小さなものです。健康な動物や病気の動物を含む全ての患者が麻酔中に亡くなってしまうリスクはどれくらいだと思いますか? 30%?15%?いやいや50%? デビッド・ブロヴェルト(イギリスの麻酔認定委員会)は、117診療所で行われた79,178頭の猫の麻酔記録の研究をしました。獣医学的な研究では大規模なものです。そこで明らかにされたのは、「麻酔および鎮静に関連する死亡※のリスクは猫で0.24%であった。」ということでした。この研究が示したのは、飼い主さんが考えるよりも麻酔はとても安全であるということです。麻酔薬の知識が向上し、機器の監視が進歩していることから、麻酔下で死亡する割合はとても低いといえます。確かに、特定の状態(外傷、病気や感染)はリスクを増加させる可能性があります。術前の血液検査を行い、各猫の麻酔薬を調整することにより、リスクを最小限に抑えることができるでしょう。※処置を含めた48時間以内の死亡。
ほとんどの合併症は、手術中または麻酔下で起こる。
これも都市伝説の典型例と言えます。合併症のリスクが最も高いのは麻酔中や手術中ではなく麻酔回復期です。動物が麻酔から覚めた後、多くの合併症が起こる可能性があります。前に述べたデビッド・ブロヴェルトの研究では、手術後に死亡した猫の61%(全体では0.15%)が処置終了後3時間以内に死亡しています。このことは、麻酔後に看護師が注意深く監視を続けられるかどうかに関わってきます。よって、麻酔後に監視を続けられる病院に連れていくことが重要です。
すべての獣医が同じ麻酔技術を提供している。
実際には、すべての獣医師は麻酔に関して個人的な好みがあります。自動車で言えばホンダがほしい人もいるし、ニッサンしか買わない人もいます。どちらの車も最終的には目的地にたどり着きます(故障しない限り、笑)。同様に、獣医師も今までの経験や知識が豊富な方法を選択しています。当然、身体検査、血液検査、品種、年齢などに基づいて最も安全な方法を選択します。
麻酔薬は有害だ!
すべての医薬品にはリスクがありますが、予想外の反応を示す動物はほとんどいません。それぞれ薬には投薬条件があります。術前に血液検査をするのは、検査結果にそぐわない薬を使わないためです。そのため、手術前の検査は非常に重要です。加えて、検査結果によっては薬の副作用を緩和することができるかもしれません。例えば、ある麻酔薬は間接的に腎臓に影響を及ぼしますが、患者に適切な量の静脈輸液を施すことによって腎臓を保護することができます。麻酔薬は全般的にとても安全です。麻酔薬を使用する上で最も重要なことは、それを使う人の知識と麻酔覚醒後の看護です。
麻酔をかけるには若すぎる!
幼若な猫は、成猫に比べて麻酔をかけることが少々難しいかもしれません。幼若動物は典型的に小さく、薬への感受性が高いため、幼若動物用の麻酔技術が必要です。例えば、ほとんどの幼若動物の体のサイズは小さく、熱が速く失われます。そのため温度を厳密に監視する必要があり、暖かく保つ必要があります。幼若動物は、成猫よりもエネルギー貯蔵量が少ないため、成猫では固形食の絶食を勧めるのに対し、少量の食事をとらせることも重要です。当院では成猫にもクリティカルリキッドという流動食を与えるように指示しています(空腹時の嘔吐を抑制するため)。若いという理由だけで麻酔を避ける必要はありません。患者を温かく保ち、厳密に監視を続け、適切な麻酔薬を選択することで安全に麻酔がかけられるでしょう。
高齢だから麻酔をかけられない!
これも大きな誤解です。 老齢であることは、基本的に外科手術や医療処置を行わない理由にはなりません。確かに、飼い主さんの心配は若い猫よりも高齢猫の方が大きいかもしれませんが、獣医の意見ではめったにありません。獣医学の進歩により、動物はこれまで以上に長生きしています。 人間と同様に、動物も老化します。具体的には、代謝が遅くなり、薬物に対する感受性が高まり、治癒時間が遅くなります。また高齢猫は、若い猫に比べて何らかの病気を持っていることも多くあります。そのため血液検査、胸部X線検査(肺に疾患や癌がないことを確認するため)、心電図(心臓病に重大な問題がないことを確認するため)を含む麻酔前検査が必要です。高齢猫の総合的な健康状態が評価されれば、獣医師が麻酔前の支持療法または薬物療法を決定することができます。 麻酔薬は、高齢猫の副作用を最小限に抑えるように選択する必要があります。癌は病気ですが、年齢はそれ自体が病気ではありません。
病気なのに麻酔をかけていいの?
確かに、患者が病気ならば、それらがより安定するまで麻酔を延期すべきでしょう。 患者が安定したならば、麻酔をかけることができます。獣医師は、動物の血液検査と身体検査などの状態を慎重に評価して、麻酔をかけるために動物が十分安定しているかどうか判断し、安定していなければ必要な安定化処置を実施します。極端な状況や緊急の状況では、選択肢がない可能性があります。 非常に病的である患者は、その患者を救うために、すぐに麻酔をかけなければならないかもしれません。また、興奮しやすい猫の場合、来院や保定されていることが大きなストレスとなる(呼吸が悪い猫には致命傷となりうる)こともあります。そのため鎮静剤を適切に用いることで過度のストレスから猫を守ることもできます。
麻酔をした後日間意識がもうろうとなりませんか?
この心配事は確かにあります。例えば2人の患者が同じ麻酔薬を与えられて、同じ手順を経ても、一方は非常に迅速に回復して今まで何も起こらなかったように行動し、他方はゆっくりと回復して1日か2日は少しもうろうとするように見えるかもしれません。処置の数日後にあなたの猫がもうろうとしているように見える場合は、獣医師に知らせることが重要です。獣医師はどの薬物が使用されたかを調べ、それに応じて代わりの薬物またはより低い用量に次回から調整することができるでしょう。さらに、もうろうとしているのは、その動物の基礎疾患の徴候かもしれません。また、動物は麻酔によってもうろうとしているわけではなく、多くの場合、鎮静効果を持つ鎮痛剤が原因です。現代の麻酔薬のほとんどは、数分から数時間以内に体内で処理されます。
麻酔を何回もかけるのは有害!
多くの飼い主さんは、猫に短時間で繰り返し麻酔をかけることができないと考えています。 ほとんどの症例では頻繁な麻酔を必要としませんが、動物が癌を治療するために放射線療法を受ける場合、毎回同じように腫瘍に放射線を照射するようにそのポジションは常に一定にしなくてはなりません。そのため毎回麻酔をかけなければなりません。標準的な方法では、週3-5日、3-4週間、麻酔下で放射線照射を行います。1回あたりの時間はそれほど長くはないかもしれませんが、1ヶ月に10-20回の麻酔をかけることになります。しかし、これらの癌患者の多くはすでに病気ですが、ほとんどの症例では麻酔が問題になることはありません。より一般的な状況は、骨折などの症例で、月曜日に(痛みを伴うため)鎮静下でX線を撮影し、火曜日に麻酔下で壊れた骨を固定(手術)し、水曜日に鎮静下で包帯を交換することでしょう。現在では鎮静または麻酔を行うための非常に安全な薬剤に多くの選択肢があります。これらの薬物は体を素早く離れるため、有害作用はほとんどありません。さらに、いくつかの薬物は、「拮抗」させることさえできます。つまり、患者を目覚めさせる解毒剤を与えることができます。
じゃあ、麻酔に危険はないのか?
ほとんどの場合、麻酔が安全であることを示す内容でしたが、一部の飼い主さんはそれを当然と考えています。術前検査、血液検査、さらには診断検査で異常がなかったにもかかわらず、手術や処置が鎮静または麻酔下で行われた場合、動物にはまれな反応がおこる可能性があります。このように過度に麻酔を安全と考えたり、過度に危険と考えたりする必要はありません。麻酔や鎮静をかける場合に、そのメリットとリスクを天秤にかけリスクが上回るならば麻酔や鎮静をかけないこともあります。十分に獣医師に相談して、猫の総合的な身体状況(リスク)と手術や処置によって得られるメリットの両方を把握することが、飼い主さんには求められるでしょう。