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新卒獣医師のための診断アプローチ:身体検査およびバイタルサイン

身体検査およびバイタルサイン

 身体検査は、系統的に各器官を網羅する必要がありますが、主訴から必要と思われる観察項目を追加しても良いでしょう。もし、皮膚の「できもの」が主訴ならば、身体検査時に硬さや波動感、固着なども大雑把に見ておくことも重要です。

系統的身体検査

 すべての初診症例を同じように、一定の順序で各器官系を網羅した身体検査を行います。また、身体検査表を利用すると効率的です。そして、身体検査は飼い主とコミュニケーションをとりながら実施しましょう。ただし、緊急症例は例外です。呼吸困難で来院した動物には、真っ先に酸素をかがせ、胸部聴診と打診を行います。また、救命処置が必要なら、救命処置を優先しましょう。
 身体検査を行いながらのコミュニケーションとは
  聴診中以外は話をする。
   これから何をするか。「これから、全身状態のチェックをします」
   今何をしているか。「今、粘膜の色を見ています」
   何がわかったか。「粘膜に黄疸が見られますね」

バイタルサイン

 動物の身体状況を簡易的に評価するもので、体温(T: Temperature)、脈拍数(P: Pulse rate)、呼吸数(R: Respiratory rate)、が最も一般的な検査項目です。病院へ来院した動物に対して、日常的に必ず行います。また、興奮すると評価が難しいので、全ての検査の一番初めに実施するようにします。
 最近ではTPRに痛み(P: Pain))と栄養(N: Nutrition)の2項目の評価を加えたTPR+PNの5項目を、全ての小動物における身体検査の標準規格として定めることが、世界小動物獣医師会(WASAVA)により提言されています。

体温(T)
 一般的には肛門に体温計を挿入して、直腸温を計測します。肛門周囲の疾患の有無も確認します。患者の体温パターンを把握し、変動因子を評価します。直腸内で体温計が動くと強い不快感を与えます。動かないように固定しましょう。また、入りすぎても不快感を与えますので注意しましょう。

脈拍数(P)
 股動脈を触知します。力を入れると感覚が鈍るので、あまり強く握りすぎないように、人差し指と中指の指先で触知しましょう。回数だけでなくリズムも確認します。心拍数も同時に評価しましょう。具体的には、右手で聴診器を胸に当て、左手で股動脈を触知し、心拍数と脈拍に大きく違いがないかを確認します。

呼吸数(R)
 安静状態で動物の胸に手を当てるか、目視で測定します(パンティング中は評価できません)。呼吸数も脈拍数と同様に回数だけでなく、リズムも確認することが重要です。呼吸様式の異常の有無や、聴診器を用いて音の評価も同時に行います。

痛みの評価(P)
 初診時に痛みの評価をすることで、原因の把握や治療効果の判定に役立ちます。動物では様々なペインスケール(痛みの評価方法)が提案されています。ヒトでは痛みの数値化を患者本人が行ったりしますが、動物ではそれができないため客観的な指標を用います。評価方法としては、UNESPペインスケールやCSUペインスケールなどが多く用いられています。

UNESPペインスケール:http://www.animalpain.com.br/en-us/
CSUペインスケール
犬:http://csu-cvmbs.colostate.edu/Documents/anesthesia-pain-management-pain-score-canine.pdf
猫:http://csu-cvmbs.colostate.edu/Documents/anesthesia-pain-management-pain-score-feline.pdf

栄養評価(N)
 栄養評価は継続的に変化を追うことが重要です。そのため診察のたびに実施します。栄養状態の評価として実施する項目は、体重測定、BCS(ボディーコンディションスコア)、MCS(マッスルコンディションスコア)が挙げられます。
体重測定
 肥満もしくは削痩動物の食事療法などで体重を調整していない限り、体重の変化は疾患の徴候の可能性があります。例えば、昨日計測した体重より今日の方が減少している場合には、急激な体重減少として捉え、筋肉量が落ちたというよりは体水分量の減少、すなわち脱水が考えられます。また、定期的に計測していてもわずかな体重減少が継続している場合には、気づきにくいこともあるかもしれません。そのため前回からの変化だけでなく長期的な変動を評価するよう心がけましょう。
BCS・MCS測定
 身体検査の一部として実施します。皮膚、被毛の状態、腫瘤や腫脹の有無、疼痛部位などの把握と同時に行います。BCSは体脂肪評価の指標で、MCSは体脂肪ではなく、その直下の筋肉量の指標になります。しかし、BCSとMCSの間には直接的な関連性はありませんので注意が必要です。
BCSとは動物の肋骨上、背中のライン、尾根周囲および腹部周囲などの皮下脂肪の程度を視診と触診で評価します。5段階と9段階の評価スケールがありますが、本書では5段階評価スケールで説明します。

BCS 1/5
犬:遠距離からでも、肋骨、腰椎、骨盤、および全ての骨ばった隆起がはっきりと見える。体脂肪が全く認められない。明らかな筋肉量低下。
猫:短毛種で肋骨が見える。体脂肪が触知できない。著しい腹部ひだ。腰椎および腸骨がはっきりと見えており容易に触知できる。
BCS 2/5
犬:肋骨は容易に触知でき、体脂肪が触知できず、肋骨が見える場合もある。腰椎の上部が見える。骨盤が骨ばって見える。腰がはっきりとくびれている。
猫:ごく薄い体脂肪が肋骨を被っており、容易に触知できる。腰椎がはっきりと見える。肋骨の後ろに腰がはっきりとくびれている。腹部の体脂肪はごくわずか。
BCS 3/5
犬:肋骨を被う余分な体脂肪はなく、肋骨に容易に触知できる。上から見たときに肋骨の後ろに腰のくびれが見え、腹部が引き締まっている。
猫:均整が取れている。肋骨の後ろに、腰のくびれがある。肋骨はわずかに脂肪に覆われ触知できる。腹部はごく薄い脂肪層に覆われる。
BCS 4/5
犬:肋骨の触知は困難だが可能。かなりの脂肪に覆われている。腰椎部および尾の付け根にはっきりとして脂肪沈着がある。腰のくびれはほとんどまたは全くない。腹部ひだが存在することもある。
猫:肋骨は中程度の脂肪に覆われ触知困難。腰のくびれはほとんどない。腹部は丸みを帯び、中程度の脂肪に覆われる。
BCS 5/5
犬:胸部、脊椎、および尾の付け根に大量の脂肪沈着がある。腰のくびれおよび腹部ひだはない。首と四肢に脂肪沈着がある。腹部の膨張が明らかである。
猫:肋骨は厚い脂肪に覆われ触知できない。腰椎部、顔、四肢にかなりの脂肪沈着がある。腹部が膨張し腰のくびれがない。過剰な腹部脂肪。

アメリカ動物病院協会(AAHA)栄養評価 犬・猫に関するガイドラインより

MCSの測定手順
側頭骨、肩甲骨、腰椎、骨盤の骨隆起を視診する。
同様に触診して筋肉量を評価する。
整形疾患などでは左右の差異も重要な評価項目となるので、必ず左右の比較を行う。
MCSの評価グレード
筋肉の消耗なし、筋肉量が正常
軽度の筋肉の消耗
中等度の筋肉の消耗
著しい筋肉の消耗

アメリカ動物病院協会(AAHA)栄養評価 犬・猫に関するガイドライン、および小動物獣医学情報誌(Small Animal Clinic, No.182, 2016 Apr.)より

栄養歴についての聴取

 栄養歴は主に飼い主から得られた情報をもとに評価します。普段の生活での主食、その他の食事内容、何をどれだけ摂取しているか、どのタイミングで摂取しているかを聴取します。
 以上の情報を総合的に捉え、現在の病気との間での関連性を評価し、今後の食事療法の指導の基礎にします。

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naka
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