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【ライヴ 感想】薬師丸ひろ子 Concert Tour 2023 ~愛しい人~ 東京公演(2023/10/26,27 東京国際フォーラムA)

 

 先日、某所で薔薇を見てきた。手入れの行き届いた英国式庭園では、赤、オレンジ、黄色、紫など色とりどりの薔薇たちが競うように咲き誇っていた。

 薔薇の中には、名前がつけられたものもあり、ドイツの作家ノヴァーリス(「青い花」に因んで)や、元モナコ王妃グレース・ケリーなどの名を記したプレートが目に入った。

 私なら薔薇に誰の名前をつけるだろうかと考えた。

 薬師丸ひろ子の名前が即座に浮かんだ。10月末、東京国際フォーラムで彼女のコンサートを聴いたとき、オレンジのドレスを纏って登場した姿が大輪の薔薇のごとく華麗で、会場いっぱいに芳しい香りをふりまいていたのを思い出したからだ。

 しかし、その考えはすぐに打ち消した。

 「花の命は短くて」と言う。どんなに美しい花も、時期がくれば萎れて枯れてしまう。でも、薬師丸ひろ子は、デビューから40年以上を経た今も、俳優としても歌手としても、ますます輝いているではないか。

 第一、薬師丸ひろ子という人に、薔薇のようなトゲはない、と思う。リアルの知り合いではないので本当のところは知らないが、彼女ほど周囲に敵を作りそうにない人は、一般人も含めて、そうはいないんじゃなかろうか。

 そもそも、薔薇の名前になる女性というと、先述のグレース王妃や、チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレなど早逝した人が多い印象がある。薬師丸ひろ子が悲劇のヒロインとなるのは、スクリーンやテレビの中だけで十分だ。

 なので、無駄な妄想はやめて、庭園のそこかしこから聞こえてくる「私を見て!」と誘う花たちの声に導かれ、五感をくすぐられる官能的で幸福な時間を楽しんだ。

 満たされた気分で庭園を出ようとしたとき、ハンギングバスケットがいくつも展示されているのに気がついた。さまざまな花を一つのバスケットに集めて寄せ植えし、壁に掛けたり、吊るしたりする、あれだ。品評会がおこなわれていたようで、いくつかのバスケットには「〇〇賞」などという札がつけられていた。

横浜イングリッシュガーデン
2023受賞作
https://y-eg.jp/information/1071/

 それぞれのバスケットの中では、色も大きさも違う薔薇たちが自らの美質を損なわずに共存し、調和のとれた「美」を作り出している。そのありようには、バスケットの作り手の美的感覚と、薔薇への愛着が、それぞれのかたちで示されていて、見ていて楽しい。

 そこでまた私は、薬師丸ひろ子のコンサートを想った。コンサートそのものが、彼女とバックバンド、スタッフが丹精込めて編んだハンギングバスケットだったのだ、と。

 ならば、カゴに植えられた薔薇の花は、薬師丸ひろ子の「歌」そのものだ。彼女が20曲歌えば、20の薔薇がバスケットに植えられることになる。

 それぞれの花は、彼女が歌った楽曲の姿かたちをしている。超一流の作家たちが腕によりをかけて書いた曲たちは、リリースから長い年月経ても古びることなく、色褪せない。しかも、彼女は今もオリジナルと同じキーで、そしてデビュー以来40年間ずっと変わらぬピュアな歌声を保って歌い、バックも原曲に寄せたアレンジで伴奏をしているから、鮮度は保たれている。

 薬師丸ひろ子とミュージシャン、制作者は、それぞれの花の配置や配色を考え、どこにどのように飾れば最も映えるかに心を配りながら、毎回のツアー固有の仕様でバスケットを作っていく。

 歌い手の身体が楽器なのだから、彼女の声、歌い方も、毎回、微妙に変わっていく。一つ一つの花の色や香りも、ツアーをおこなうたび、コンサートを開くたびに違う。「いま、ここ」でしか生み出せない深みや奥行き、色合いが加わり、花たちが織りなすハーモニーや、コンサート全体に脈打つリズムは、その都度、新しい命を得て輝く。まさに一期一会の歌のバスケットにいちど魅せられてしまうと、毎年通わずにはいられなくなる。

 昨年のコンサートでは、彼女がより力を抜いて楽に歌うことを意識し、強い声や表現は曲のクライマックス一点にだけ集中させているような印象を受けた。その基本姿勢は今年も引き継がれていたようだが、ヴィブラートを控え目にして声をピュアに響かせていたのが新鮮。「元気を出して」を歌った後に「当時の初々しさを意識して歌った」と話していたのも納得がいく。

 コンサートの冒頭、ドラムの乱れ打ちに導かれて歌った「セーラー服と機関銃」から、アンコールの2曲目で歌われた新曲「時の道標」まで、彼女が気心知れた一流のミュージシャンたちとともに作り上げる、歌のハンギング・バスケットを心ゆくまで味わった。

 特に心に残ったのは、1回目のリフレインでびっくりするくらいに抑えた表現を見せ、そこからのボルテージの上げ方が半端なかった「コール」、格調高い讃美歌となっていた「うるわしの白百合」、何の言葉も要らない「Wの悲劇」、そして歌い手に課せられた高いハードルを難なく超え、歌手・薬師丸ひろ子の新しい魅力を明らかにしてくれた「時の道しるべ」だろうか (昔から、彼女の歌には「時」が登場するものが多い気がする)。

 昨年から始められたメドレー、今回も懐かしい名曲がとり上げられて嬉しかった。特に「星紀行」と「100粒の涙」。彼女はあの頃と変わらない透き通った声、CDそのままの歌い方で聴かせてくれた。この曲と分かちがたく結びついた思い出がありありと蘇り、年々、はるか彼方へと去っていく「青春」を一瞬取り戻したような気さえした。ただ、後者での「こんなに あなたが 好きなのに」というセリフは、明るく朗らかに語られていて、80年代後半にリリースされたCDでの、思い詰めたような、うつむき加減の独白が恋しくはあったけれど。

 今回のコンサートも昨年と同様に二日間通ったが、私の印象では、二日目の方がよりリラックスして、のびのびと歌っていたように思う。初日も悪くはなかったのだけれど、テレビ収録があったせいか、どこか力みのようなものがあったかもしれない。両日とも舞台から遠い席で聴いたので、彼女がどんな表情、仕草で歌っていたのか、映像でじっくり見るのを楽しみにしている。

 ところで、今年のツアーは「愛しい人」と銘打たれている。2018年に発表されたアルバム「エトワール」の収録曲で、作曲は兼松衆、作詞はいしわたり淳治。メロディが先に作られて、あとから詞がつけられたと聞く。

 冒頭、ケルト音楽で使われるティン・ホイッスルという笛が優しい旋律を奏で(コンサートでは弦一徹のヴァイオリンが演奏)、続けて「わたしはあなたの愛を胸に生きる、明日が見えない夜であっても、空を見上げればそこにあなたがいるから、私は歩き出せる」(大意)と歌う。

 旋律はスコットランドやアイルランド民謡を思わせる音遣いで、薬師丸ひろ子の透き通った声とのびやかな歌が、万感の思いを込めてゆるやかに昂揚していく。そのさまには満天の星空のような広がりがあって、アルバムの最後を飾るにふさわしい。

 今回のコンサートでは、アンコール前の本編ラスト曲で歌われたが、歌う前のMCで、薬師丸ひろ子はこの曲をステージで歌っていると、客席にいろいろな人の顔が思い浮かぶのだと言っていた。それは既にこの世にはいない人だったり、普段は離れているけれど自分を見守ってくれている人たちの顔だったり、そして会場を埋め尽くした聴衆の顔だったりする、と。争いごとの絶えぬ不安定な世界を生き、人と人とのつながりを痛感する日々、彼女の中でこの曲への愛着が強まったのかもしれない。

 実際、彼女はまさしくそのように歌った。今回はツアーの「顔」としてバスケットの中心に据えているせいもあって、これまで以上に深い情感を込めて歌っていたように思う。

 この曲を聴くと、私も何人かの「愛しい人」の顔が思い浮かぶのだが、今回は、少し違う感覚を抱きながら聴いた。

 歌詞にあるように、自分は「愛しい人」からの愛を受け、それを胸に抱きしめて生きていける。そのことははっきりと自覚している。

 しかし、愛はただ外から与えられるだけのものではない。誰かからの愛を受けて生きる自分もまた、誰かにとっての「愛しい人」になることもできる。いや、そうなりたい。薬師丸ひろ子という歌い手が、私たち聴き手に惜しみない愛を与えてくれているように。もちろん、何の才能もない私に、彼女のように不特定多数の人にまで大きな愛を与える力などない。だが、少なくとも、身近な「愛しい人」を愛することはできる。コンサートから1ヶ月が過ぎようとしている今も、彼女の素晴らしい歌の記憶を反芻しながら、そんな青臭いことを考えている。

 全国16都市、18公演の予定が組まれた今年のツアーも、残るところ5回となった。例年よりも多くの人たちが、私と同じように、あるいはそれ以上に、彼女らが作るハンギングバスケットを愛でた(愛でる)に違いない。

 そして、来年には来年の、とびきりのハンギングバスケットを楽しませてくれるだろう。1月には待望のニューアルバムがリリースされるので、新しい歌にも触れることができるだろう。たとえ彼女が「今日は歌う気がしないからトーク中心で」と歌を投げ出したとしても、椅子に腰掛け、キーを1オクターヴ下げて歌ったとしても、すべて受け容れる覚悟をもって、会場に馳せ参じる所存だ。その前に、激しいチケット争奪戦を勝ち抜く必要があるけれど。

 そう言えば、ホールの出口、関係者から贈られていた花、あれもまたハンギングバスケットだ。芸能事務所などからのものと並んで、彼女が朝ドラなどで共演したのん、二階堂ふみ、麻生久美子らからの花が目を引いた。次の世代の才能ある俳優さんもまた、私たちに美しい花飾りを見せてくれることを期待している。


国際フォーラム前

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