自分の価値は自分が決める
求められ族と自由族、では分類しきれないけど。
でも。
なかなか的を得ている分類だなあと思う
自由でいたい自由族
とにかく求められたい求められ族
求められたいなんて、格好悪いと感じるかもしれないが日本人のほとんどは求められ族になるように教育されてるし、求められ族であることを前提とされている。
意外と体育会系部活動なんか求められ族の宝庫だ
先生も生徒も保護者も。
何がいいたいかといえば、求められたいという欲求があるだけで「求められてないと価値がない」と結びつけてはいけないということ。
難しいことは分からないけど、経済なんて需要と供給を操作して求める気持ちを昂らせ、まるで価値があるかのように見せかけることで成り立っている
婚活就活、自分が必要とされてないと惨めに感じるかもしれない
でも自分の価値は、まず自分が見出し決めるのだ
その価値を見せて、必要かどうか相手に判断してもらう
自分も知らない自分の価値を突然必要とする人が現れて、必要とされて初めて価値となる…
昔は私もそう思ってた。
必要とされれば価値があるってことだと胸を張れるのだ。と。
現代は忙しい。
誰も足を止めてしげしげと価値を見出してくれない。
自分から「これが価値です」と心に決めておく必要がある。
ただ自分のこと(スキルにしろ存在にしろ)が必要かどうかを決めるのは相手だ。
押し付けがましい人になってはいけない。
人を依存させてはいけない。
すると、たちまち価値は曇っていくだろうから。