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【臆病者紀行01】ウズベキスタン前夜

ウズベキスタン旅行の前夜に親友2人を六本木に呼びだして、サイゼリヤへ行った。最期の晩餐は子供のころから馴染みの深いサイゼリヤがいいと思ったから。

取ってつけたようなウズベク語を披露して「ほんとに使う機会あるの?」と揶揄されつつ、テーブルにピッツァをひろげて「一緒に食事するのもこれが最期だね」と冗談を言われながら、しかし内心冗談じゃすまないと私は震えていた。

この10日間、怯えてほとんど眠れなかった。親友たちとふざけて時間をやりすごさなければ、思いつめて旅券をキャンセルしてしまいそうだった。テーブルのピッツァ越しに半笑いの目が4つ、私の心を見透かしている。私は旅が怖いのだ!

飛行機が怖い。
ウズベキスタン航空が怖い。あまり知らない国の航空会社だから。

恐怖をまぎらわすために航空機事故のドキュメンタリーを何本も観た。半分が事故当時の再現、半分がその原因究明プロセスの再現という構成になっていて、ひとつひとつの事故が教訓として活きていく様子がよくわかる。
二度とおなじ事故を起こさないための分析、航空業界全体への改良がくわえられてゆく。すばらしい!なんか安心だなあ。人類ってすごい。そして機体炎上シーンの悪夢を見て、浅い呼吸で飛び起きる。

まあとにかく、人には信じるしかない時があるのだ。運命や神仏を信じよというのではない。私は人類史を信じる。私は歴史の翼に搭乗するのである。

空飛ぶ恐怖におびえながら、それでもイスラム建築を見てみたかった。

精神的に遠い国へ行ってみたかった。異なる地理、異なる宗教、日本とは異なる歯車でまわっている世界を歩いてみたかった。キリスト教圏も仏教圏もすでに行ったことがあるので、イスラム圏に行ってみたい。最初はイスタンブールと思ったけれども、トルコは物価高、こっちは円安だし…。

ウズベキスタンはイスラム圏の中でもかなり治安がよいのだという情報で、ウズベキスタン行きを確定した。これから調べる、そして好きになる。恋愛気分は偽造できる。ウズベキスタン関連本を5冊取り寄せた。

ウズベキスタンは旧ソ連、つまりキリル文字文化圏らしい。しまった、読めないぞ。言語はウズベク語とロシア語。ロシア語の挨拶と、いくつかのウズベク語を練習する。一番気に入ったのは「ホジャットホナ カイエルダ?」でトイレはどこですか。「ほじゃっとほな」というのが、ゆるい関西弁のようでかわいらしい。

ウズベク語は日本語と文法がおどろくほど似ているそうだ。いざとなれば「どこですか?」の「カイエルダ?」を使いまわして帰ってこれるのではなかろうか。そして「ジュダ マザリ!」とてもおいしい、これも覚えておく必要がある。満面の笑顔でおいしい!と言える愛嬌があれば、旅先での生存率が微妙に上がると思っているのだが…。

そして常識なのかもしれないが、「~スタン」が「~国、土地」の意味であることを私は知らなかった。ウズベク人の国、ウズベキスタン。タジク人の国タジキスタン、アフガン人の国アフガニスタン。ならば私、石井の国でイシイスタンになるわけだが、あまりぱっとしないな。しばし考える。カワサキスタン、はどうだろう。声に出して読みたくなるいい語感。

取り寄せた本でウズベキスタン周辺の歴史をざっと概覧してゆく。
砂漠のオアシスが都市として発展。シルクロードの重要中継地点になったのである!とんでもなくかっこいいなあ。これだけで好きになっちゃう。

今回の旅では4都市を移動するのだ。東から西へ、首都タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ。これらのオアシス都市で、ラクダをしたがえたキャラバン隊が傷を癒やし、交易し、出会って交わって去ってゆくわけだ。またいつか会えるのかしら…なんて、なんだか終点ではなく中継地点というのがすごくいい。

起点とか終点とか、そんな化け物都市じゃあない。人々や文化が流れに流れて…川の流れの中でじっと構える大岩のような感じ。明るくて頼もしくて少しさびしくて、旅人を見守る大人な感じだ!なんて、いかにも旅行者らしい勝手な妄想だけれども。

それから、古代の商人集団「ソグド人」の存在を知る。
紀元前~8世紀頃、東は中国から西はペルシアまで、広大な交易網を築いてシルクロード交易を担った商人民族である。なんだかかっこいい。絹織物や香料や宝石などの有形商品のみならず、宗教や美術や音楽や技術、ありとあらゆる文化を東へ西へ動かしたんだろう。

そうだよなあ、むかしは「情報」って足で歩いて過酷な地形を越えてやって来るものだったんだよね。私がもしも6世紀のオアシス都市の人間だったら、キャラバン隊をどのような目で見たんだろうか。憧れてしまうよなあ、見知らぬ外からやって来て、またどこかへ消え去っていくんだ。

以後、「どうしてウズベキスタンに行くの?」と訊かれた時、「シルクロードに関心がありまして、ソグド人と同じ景色を見てみたいのです。」と答えることにした。とうぜん後付けのかっこつけである。とはいえ皮相浅薄なふんわり知識のおかげで、ウズベキスタン旅行への不安も10%ほどやわらいだ。土地に対する敬意と好意がぐんぐん育って、抗不安薬として機能する。

さて、これが私の旅準備である。

行ってきます、と、ほとんど眠れぬまま飛行機に乗って、ほとんど眠って着陸してしまった。いつもこうだ。怖がるだけ怖がって実際にはそうでもない。ウズベキスタン航空はきわめて快適で、降り立った首都タシケントは東京より清潔な現代都市だ。明日はグリーン車みたいにきれいなウズベキスタン鉄道の高速列車に乗って、オアシス古都サマルカンドへ移動する。
さあ、イスラム世界を歩きにいくぞ。


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