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【臆病者紀行03】サマルカンドにて

そんなに大きくなくてもいいんじゃないか、と思うくらい大きい。

しかも、3つ。
しかも、コの字型にならんでいる。
中心に立ってぐるりと見上げると、やっぱりそんなに大きくなくてもいいんじゃないか、と思うくらい大きい。

巨大な門が3つ。
表面はびっしりと幾何学模様のタイルでおおわれている。めまいがして、焦点が合わない。どこを見たらいいのかわからない。うつくしくからんだ流線模様と、それが組み合わさって大きな迷路。
迷子になった視線がそのまま宇宙の向こうを見てしまいそう。

私は東京から来たのだから、はるかに高い建物を見なれているはずなのに、それでも大きすぎると感じるのはなぜだろう?
幾何学模様がぐにゃぐにゃ這って無限にひろがり、大小感覚が狂いはじめる。

ここはウズベキスタンのサマルカンド。
サマルカンドのレギスタン広場、という。

活気があって、アイスが売ってて、ハート形の風船も売っている。
ミルクティーアイスをぺろぺろ舐めながら、ここが砂漠のオアシスだったころを想う。

3つの巨大な門は“マドラサ”の入り口。
“マドラサ”はイスラム教を教える神学校のこと。イスラムは偶像崇拝禁止なので、もちろん神の絵も預言者の絵もどこにもない。

ここにあるのは秩序と調和を象徴する『幾何学模様』、生命力あふれる植物の有機的な曲線『アラベスク模様』、そして流れるようなアラビア文字を装飾書体で記した『カリグラフィー』。

数学的で、天体のようで、線、流れ、無限のひろがり…。一体どうやってこの表現にたどり着き、どうやって統一されたんだろう。
どんな人々がいたんだろう?

アイスを食べながら眺めてる私のこと、怒るよね?

キリスト教も偶像禁止だけれど、それでもカトリックの教会は像にあふれている。ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂に行ったとき、なめらかな大理石のマリアやフレスコ画の精悍な聖人たちに、あれもこれもと目移りしてとにかくとても忙しかった。

像をつくるのも絵を描くのもたのしいことだし、立派な教会にそれらを列べるのなんて最高にたのしくて気分がいいことだろうから、具象の良さというのもわかる。「たのしい」なんて不適切な言葉かもしれないけれど、具象的な人物像を眺めるときに好い気持ちになるのは事実だろう。

仏教美術だって『弥勒菩薩像』を前にすると、なんとも静かな好い気持ちになる。むしろ1400年ものあいだ徹底して偶像をつくらなかったイスラム世界って、とてつもない胆力だよな…。

これが見たかったんだ。うれしいなあ。

私はカトリック美術も仏教美術も好きだけど、本音を言えばあんまり具象的なものに惹かれないんだと思う。神や悪魔の似姿をばーんと見せられるより、ぼんやり畏怖してふるえたいんだと思う。

これはもしかすると神道的感覚なのかもしれない。
でっかい樹木やら霊山やらに崇敬を感じて、そもそも擬人化する発想がない。木々の隙間から射し込む光そのものに「ありがたさ」を覚えてしまうので、光を擬人化したり具象化したりする必要を感じないんだと思う。

はっきりした姿があるより、
ないほうが「すごい」、という感覚がある。

たとえばオバケも、
その姿形がはっきり見えちゃうと、なんだか勝てそうな気がしてくる。物理攻撃が効きそうだし、打撃がダメでも火とか聖水とか香木とかで倒せそう。ゾンビなんて、怖いけど火器さえあれば戦闘可能な敵だと思う。妖怪なんかもまだなんとなく交渉次第で渡りあえるんじゃない?

でも、姿形が見えないのはとてつもなくおそろしい。
夕暮れ時の見しらぬ細道で、得体のしれない仄暗さがせまってくる。
あ、もうダメだ、と思う。言葉もつうじない、意思疎通も図れない。
得体のしれない上位存在が…上位存在、というのも表現がちがうな。
私とは別に上位の存在がいて、それをおそれる、って感じですらない。

私も街も天も地もありとあらゆるすべてを含んでいる、この世のしくみそのものをぶわーっと感じて畏怖してしまう。この「すごい」おそれを引き出す表現って、人型の神ではむずかしいのかもしれない。

自分やこの世界のすべてを含んだ、構造的に大きな何かを感じる。
それを神と呼ぶ人々もいる。一般日本人の私はなんとなく、それを名指す必要すらないような気もしていて、神なるもののイメージを「くっきり」とは持っていない。

けれど無限のひろがりや構造的な巨大さに畏怖を感じ取る”受容体”みたいなものは自然とそなわってるんだと思う。だから、よその神様のための舞台装置にもやたら素直に感激してしまう。

けっこうこのへん、ラッキーかも。
「くっきり」したこだわりがないせいで、たのしめるものが多いんだから。

もう3時間はここにいるけど、
無限にひろがる幾何学模様にどうにも視線が定まらなくって、どこ見たらいいのかわかんないし、なんだかぼんやり。ぼんやりなのに身震いする。

あーあ、すごいな。なんてすごいんだろう。模様にのまれて溶けてしまう。
2024年、サマルカンドにて。


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